酵母はパンや酒の発酵に欠かせない微生物で、私たちの食文化に深く関わっています。
その歴史は古く、紀元前にまで遡るとされており、今後の生活にも欠かせないものといえるでしょう。
本コラムでは、酵母の歴史・基本的な役割や製造方法、種類ごとの特徴に加え、健康面でのメリットとデメリットについて詳しく解説します。
酵母の魅力や注意点を学び、より酵母について詳しく理解しておきましょう。
目次
酵母は、糖分を炭酸ガスとアルコールに分解する微生物です。英語で「イースト(yeast)」と呼ばれます。
イーストは特にパンの発酵に適した酵母菌を純粋培養したものを呼ぶことが多く、「パン酵母」ともいいます。
酵母はパン生地を発酵させて膨らませるだけでなく、アルコールの生成によりパンに香りを与えます。
また酵母はパン作りだけでなくお酒の醸造にも活用されており、発酵のプロセスにおいて重要な役割を果たします。
英語ではイーストも酵母も同じであり、Saccharomyces cerevisiae 菌種の中に含まれます。ただ国内で使用される「イースト」という用語は、パン酵母、特にパン酵母を純粋培養したものを指します。
イーストは特にパンに適した強い発酵力を持つ単一の酵母で、工場で培養されます。
一方、天然酵母には果実や果汁に含まれる複数の酵母が混在しており、自然の力で育つのが特徴です。
また、酵母の名前の由来は所説ありますが、「発酵の母」という意味があり発酵プロセスが子どもと母親の関係のように切り離せないことからという説もあります。
酵母は、古代メソポタミア文明の紀元前3500年頃から利用されてきました。
紀元前1400年頃の古代エジプトのナクトの墓にはブドウを収穫し、踏みつぶしてワインを作る様子が描かれています。
なお、古代エジプトでは既にパンを利用して、ビール造りも実施されていたことを示す壁画が残っています。まずパンを発酵させて、その後カメなどに入れて、ビールとして発酵させる方法です。発酵の種としては、パン由来の天然酵母を利用していたと考えられています。
さらに、紀元前17~14世紀のギリシャでも、酵母を使った酒造りが行われていた痕跡がありました。
しかし、酵母自体の存在が発見されたのは約250年前のことです。
オランダの商人であり、科学者でもあるアントニー・ファン・レーウェンフックが発酵中のビールに微粒子状のものを発見し、後に酵母であることが判明しました。
そしてパンの発酵にも同じ微粒子が関与していることが確認され、酵母と発酵には関係性があるとわかったことで酵母が世界中に広がっていったのです。
参考:
ワインラバーな感染症屋が考える「アルコール発酵」の偉人 微生物学が関係する理由 | AERA dot. (アエラドット)
イーストの軌跡 | イースト研究室 | オリエンタル酵母工業株式会社
本章では、パン・お酒の製造に使われる酵母について、特徴などを解説します。
生イーストは、パン作りに適した酵母を純粋培養し、65~70%程度の水分を保ちながら脱水・圧縮して塊状にしたものです。
主に国産が多く、水に溶かしてから使うのが一般的です。
糖分に対して特に活発に働くため、砂糖やバターを多く使う日本のリッチなパンやソフトなパン作りに向いています。ふわふわで甘いパンを作る際に最適です。
10℃以下で発酵力が弱まり、4℃以下では休眠状態になるため、購入後は冷蔵保存が必須となります。
ドライイーストは、生イーストを低温で乾燥させたものです。
水分量が7~8%と、生イーストよりも抑えられている顆粒状の酵母で、主にヨーロッパから輸入されています。
ドライイーストは小麦本来の味を引き出せるイーストで、油脂が少ないパン向きです。フランスパンやバケットなどが最適です。
また、予備発酵をおこなうことでより美味しく仕上げられるため、時間をじっくりかけて発酵させるパンにも向いています。
未開封時は常温保存が可能ですが、開封後は冷蔵保存が推奨される場合が多いです。
インスタントドライイーストは予備発酵が不要で、材料に直接混ぜて使える便利なイーストです。
酵母の培養液を凍結・乾燥させ、水分量を4~7%に抑えています。さまざまな種類があるため、作りたいパンにあったものを選べるのも魅力です。
水分が加わることで発酵が始まるため、開けなければ常温保存できます。開封後はしっかり密封し、冷蔵保存するよう推奨されています。
なお、小分けパックが多く扱いやすいため、初心者も扱いやすいとされています。
セミドライイーストは、生イーストとインスタントドライイーストの長所を活かして作られた顆粒状のイーストです。
冷凍耐性のある酵母を使用しているため、冷凍保存ができます。冷凍生地でも、発酵力の高さが落ちることはありません。
水分量は約25%で、顆粒状で溶けやすく冷水にも強い特性があります。また、予備発酵や解凍は必要ない点もメリットです。
インスタントドライイースト同様、材料に直接混ぜて使えるため、あらゆるパンの製法に適しており、保管性や使い勝手の良さが魅力です。
日本醸造協会は酒質の安定と更なる向上を目的として、優れた特徴を持つ酵母を培養して酒蔵向けに頒布しています。日本で作られている多くの日本酒は、きょうかい酵母を使っています。
きょうかい酵母の種類は、6号~11号・1501~1901号・赤色酵母(桃色濁り酒用)など数多くの種類があります。
6号は秋田、7号は信州から分離されたものです。低温発酵性で、10〜12℃でもよく糖を分解してアルコールを生産します。
9号は熊本県酒造研究所が分離した低温発酵性のものです。
10号は東北地方の複数のもろみから分離された低温発酵株、11号は7号の変異株でリンゴ酸を多く産生します。14号は金沢で分離されたバナナのような芳香臭を持つ株です。
末尾に『01』がつくものは発酵中に発泡しない酵母株、『泡なし酵母』と呼ばれるものです。
通常の酵母株では発酵中液面に泡がどんどん積み重なっていきタンクからこぼれる原因になるのですが、『泡なし酵母』を用いると発酵表面に泡が生じないためタンクの容積に余裕ができ、発酵の無駄がなくなります。
1501号は現在泡なししかないタイプの酵母で、秋田県で研究され醸造香として知られるカプロン酸エチルを多く産生します。
1801号も泡なし酵母のみで、1601号 と9号酵母との交雑で生まれた発酵力と吟醸香に優れた株です。
他にも赤色色素を作る赤色酵母や、尿素の産生を抑えた清酒用酵母などもラインナップされています。
きょうかい酵母の番号は、酵母が発見された順番に付与されています。
ただし、9号は8号よりも早く発見されていたものの、きょうかい酵母としての頒布開始は8号の後のため9号になったという例外もあります。
参考:
協会10号酵母の性質について
きょうかい酵母清酒用第14号(金沢酵母)
きょうかい酵母清酒用 第15号 (秋田流・花酵母)」
きょうかい酵母清酒用1701号
きょうかい酵母清酒用1801号
本章ではパン酵母を例に、酵母の製造方法を説明します。
まず、パン酵母など製造する酵母の種類を選定します。目的に適した酵母株を選んだら、試験管やフラスコ内で培養します。
さとうきびから採れる糖蜜などの糖源を加熱して雑菌を殺した後、濃度を調整して培養液(培地)を作ります。
糖蜜は、酵母を培養するためのエネルギー源として重要なものです。
濃度は、イーストの増殖に適したものにします。
酵母の製造における原料調製は、酵母を育成するための基礎となる培地を準備する工程です。こうして調製された培地が発酵タンクに投入され、酵母の培養が進められます。
次に酵母を、適切な温度とpH環境に整えられた培地を含む大型タンクに入れ、種菌を増殖させます。
pH(ペーハー)とは物質の酸性・アルカリ性を表す単位で、酵母が増殖するのに適したpHは一般的にpH4~7程度の弱酸性域で、温度は30度程度に保ちます。
タンク内に酸素と必要な栄養素を供給し続けることで、種菌は約10時間で10倍以上に増殖します。
発酵が終わったら酵母を遠心分離機にかけ、培養液から分離させます。
分離後は酵母を水で何度も洗浄をし、培地などの不純物を取り除いてから濃縮したクリーム状にします。
クリーム状にした酵母菌体を生イーストはそのまま冷蔵して出荷します。またドライイーストなどはフリーズドライヤー(凍結乾燥機)やスプレードライヤー(噴霧乾燥機)などの大型乾燥機に入れ、水分を取ります。
酵母は高い乾燥耐性および適応機構を有している事から、常温で乾燥した状態の菌体でも比較的高い生存率を示します。また脱水した水分や前項の分離した培養液などを含む排水は、浄化設備で綺麗にします。
参考:酵母の乾燥ストレス耐性-ポストゲノム手法によるアプローチ-
最後に脱水後のイーストを成型機に入れて成型し、包装します。
包装したら、出荷日まで冷蔵庫で冷やして終わりです。パン酵母が活動しない5℃以下の環境で保存します。
ここでは、酵母を摂るメリットを解説します。
酵母は、ビタミンB群やミネラルが豊富です。中でも、B1・B2・B6・B12が多く含まれています。
ビタミンB群はエネルギー代謝において重要な役割を果たし、身体が炭水化物・脂肪・タンパク質からエネルギーを効率的に生成するのを助けます。
エネルギーが効率よく生成されれば疲労感が軽減し、疲れにくくなります。
また、亜鉛・マグネシウム・鉄などのミネラルも含まれており、免疫機能や骨の健康、神経系の機能維持に効果がある点もメリットです。
参考:微量ミネラルと酵母
酵母に含まれているβ-グルカンには、免疫力を強化する効果があります。
β-グルカンは免疫細胞であるマクロファージを活性化してくれるため、体内の異物を効率的に排除する能力を高めます。
定期的に摂取すれば、風邪やインフルエンザといった日常的な感染症に対する抵抗力が強化されるでしょう。
また免疫細胞が活性化するとガンなどの腫瘍を抑えたり、腸の環境を整えてくれたりといった効果がある点も魅力です。
参考:技術解説「 β -グルカンについて」 あいち産業科学技術総合センター
さらに、季節の変わり目やストレスの多い時期でも体調を安定させやすくなり、健康管理が楽になります。
ビール酵母には豊富な食物繊維が含まれており、腸内環境を整える効果があります。
食物繊維は腸内の善玉菌であるビフィズス菌や乳酸菌の栄養源となり、増殖をサポートします。善玉菌が増えると便秘の予防や腸の動きが活発になるため、消化器系の健康維持に繋がります。
また、酵母は腸内の悪玉菌の活動を抑制するため、ガスや腸内毒素の生成を防げます。
その結果、消化吸収がスムーズになり、栄養素がより効果的に体内に取り込まれるようになります。
脳の健康と精神的な安定を支える役割も果たしてくれるのが、酵母に含まれるビタミンB群です。
例えばビタミンB1(チアミン)やビタミンB6(ピリドキシン)は、神経伝達物質の合成に関わる成分で、気分の調整やストレス耐性を高めます。
参考:
ビタミンB6 体をつくるタンパク質の元となるアミノ酸代謝の主役(大正健康ナビ)
ビタミンB1 糖質をエネルギーに変え、元気をつくるビタミン(大正健康ナビ)
特にセロトニンやドーパミンといった脳内物質の生成をサポートするため、感情の安定化や幸福感の向上につながります。
また、酵母にはビタミンB12や葉酸も含まれており、脳の認知機能維持、うつの予防にも役立ちます。
参考:ビタミン B 類摂取とうつ症状との関連 背景:食事による葉酸
「うつ病の人の4人に1人が血液中の葉酸値が低い」という研究結果もあるため、積極的に摂るべきです。
参考:うつ病患者の4人に1人が葉酸不足 和食で改善 – 日本経済新聞
酵母を摂るメリットは多くありますが、一方でデメリットもあります。ここでは酵母を摂取するデメリットを解説します。
酵母を摂りすぎると、痛風のリスクが高まります。
ビール酵母には、プリン体が含まれています。プリン体自体は身体に必要な成分で、通常は体内で代謝され尿酸として自然に体外へ排出されます。
しかし、高尿酸値の方の場合、体外への排出が難しくなります。体外へ出ないままプリン体を多く摂取してしまうと、痛風につながる可能性があります。
パンやビール酵母に含まれる特定のタンパク質に敏感で反応が出てしまうため、酵母に対し、アレルギー反応が出てしまう方もいます。
国が指定する食物アレルギー表示義務品目や表示推奨品目に酵母は現在含まれていませんが、アレルギー性鼻炎などアレルギー患者において酵母に対し食物アレルギー反応を起こした報告もあり、酵母のアレルギー検査キットなども販売されています。
アレルギー症状には主に湿疹・鼻炎・喘息などが出ることが多いため、症状が出た場合はすぐに摂取をやめるよう呼びかける必要があるでしょう。
参考:アレルギー疾患及び健常人における酵母アレルギーの検討について
酵母は、パンや酒の発酵に利用される微生物です。
製造には酵母株の選定や培養、発酵、脱水・乾燥といった工程があり、できあがった後は市場にも流れ、多くの消費者がパンやビール造りなどに活用します。
酵母にはビタミンとミネラルの補給、免疫力の向上や精神面での健康サポートなど、多岐にわたる健康効果が期待されます。
ただし、摂取しすぎると痛風になるリスクが高まる可能性があります。またアレルギー反応が出る方も存在します。
酵母を用いた製品販売の際は、適切な目安量の摂取を守ることが大切であると理解しておきましょう。