研究開発コラム
環境(SDGs、アップサイクル) 新領域

微生物バイオテクノロジーの最新利用例|医療と農業の革新

バイオテクノロジーとは、「バイオロジー(生物学)」と「テクノロジー(技術)」を合わせた言葉です。

そして微生物バイオテクノロジーは、微生物の持つ代謝や遺伝子操作技術を利用して、医薬品の生産、環境保護、農業の改善などに応用する技術です。

本記事では、微生物バイオテクノロジーの理解を進めるため、実際の利用例について解説します。とくに注目を集める分野である医療と農業に特化して紹介するので、ぜひ参考にしてください。

微生物バイオテクノロジーの基礎知識と重要性

まずは、微生物バイオテクノロジーの基本概念とその重要性について解説します。

微生物バイオテクノロジーとは

微生物バイオテクノロジーとは、微生物の代謝や遺伝子を利用して、新たな製品や技術を開発する科学分野です。

微生物は自然界で多様な機能を持ち、その代謝産物は多岐にわたります。代謝産物の例として挙げられるのは、抗生物質・酵素・ビタミン・アミノ酸などです。これらの代謝産物は、微生物が特定の環境条件下で生成するもので、医療や農業において重要な役割を果たしています。

さらに遺伝子操作技術の進化により、微生物の特定の代謝経路の強化や、新しい機能を持つ微生物の開発が可能になりました。これにより、従来の化学合成では難しかった医薬品の大量生産や、環境負荷の少ない農業技術の実現が期待されています。

微生物バイオテクノロジーとSDGs

微生物バイオテクノロジーは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成にも貢献しています。特にバイオレメディエーションは、汚染された環境を微生物の力で浄化する手法として注目されている技術です。

微生物は有害物質を無害化する能力を持ち、土壌や水質の改善に利用されています。

例えば油汚染地域では、油分解菌を利用して油を分解し、環境回復を図ることが可能です。

また重金属汚染に対しては、特定の微生物が重金属を吸着・蓄積する能力を持つため、これを利用した浄化が行われています。

上記のように微生物の力をうまく活かせば、環境負荷を軽減し、持続可能な社会の実現に貢献できます。

参考:バイオレメディエーションとは?|独立行政法人 製品評価技術基盤機構

微生物バイオテクノロジーの新規生産物

現在では微生物バイオテクノロジーの進展により、新たな生産物が続々と開発されています

食品分野で注目されているのは、微生物発酵を利用したプロバイオティクスや機能性食品です。これらの食品は、健康維持や病気予防に役立つ成分を含み、消費者の健康志向に応えています。

また、バイオプラスチックの開発も進んできました。現在従来の石油由来プラスチックに代わる環境に優しい素材として期待されているのが、微生物を利用して生産されるPLA(ポリ乳酸)やPHA(ポリヒドロキシアルカン酸)などの生分解性バイオプラスチックです。

微生物バイオテクノロジーの進化により生み出された革新的な生産物は、さまざまな分野で幅広く応用されていくでしょう。

参考:
日本プロバイオティクス学会|プロバイオティクス/プレバイオティクスとは
環境省|バイオプラスチックとは?

医療分野における微生物バイオテクノロジーの展開

微生物バイオテクノロジーは、医療分野においても大きな革新をもたらしています。この章では、医療分野での具体的な応用例を紹介します。

微生物の革新的な代謝経路と産物生成に関する研究

微生物は、自然界で他の微生物と競争しながら生存しており、その過程でさまざまな抗生物質を生成します。医療分野で有名なペニシリンはペニシリウム属のカビから発見された最初の抗生物質であり、細菌感染症の治療に革命をもたらしました。

また、カビやキノコの一種が生成するロバスタチンはコレステロール低下剤として知られるHMG-CoA還元酵素阻害剤であり、高コレステロール血症の治療に役立っています。

微生物の代謝経路を解明する研究は、今後も医療分野での新しい治療法や薬剤の開発に繋がるでしょう。

参考:
ペニシリンの発見から製品化までの道のり
動脈硬化のペニシリン“スタチン”の発見と開発

神経・筋症状改善や癌治療への応用

微生物バイオテクノロジーは、上述の抗菌作用や高コレステロール血症改善以外にも筋肉・神経症状や癌治療にも応用されています。

例えば、ボツリヌス毒素は神経伝達物質の放出を抑制することで、特定の筋肉の収縮を制御する能力を持ちます。それにより不随意性の筋肉の痙攣(けいれん)や痙縮(けいしゅく)の治療に用いられます。

またその能力を局所的に使用することで一部の抗がん剤による神経痛などの副作用軽減などの可能性が示されています。さらに微生物の代謝産物であるドキソルビシンは抗がん性抗生物質と呼ばれ、多くの癌に対する治療に使用されています。

参考:
ボツリヌス毒素の効果メカニズム
菌代謝物質を用いる抗がん剤の開発
組換えビフィズス菌製剤を用いた固形がんの嫌気的環境を標的とした腫瘍選択的治療

ゲノム編集技術の進化と医療応用

近年、CRISPR-Cas9技術の登場により、真核生物のゲノム編集が飛躍的に進化しました。CRISPR-Cas9技術なら特定の遺伝子を精確に切断・編集することができるため、遺伝病の治療や新薬の開発へ応用可能です。しかしこのCRISPR-Cas9の技術も、元をたどればある微生物が持つCRISPRという遺伝子配列を含むRNAと、Cas9というヌクレアーゼ酵素が外敵であるファージのDNAを切断する免疫システムである発見から見つかった、微生物バイオテクノロジー技術と言えます。

CAR-T細胞療法は、患者自身のT細胞にがん細胞に結合した時に活性化する遺伝子を導入して患者に戻し、がん細胞を特異的に攻撃する能力を持たせる革新的な治療法です。

この治療法は難治性の血液がんに対して顕著な効果を示しており、今後さらなる応用が期待されていますが、他人のT細胞移植(他家移植)だと拒絶反応が出るリスクがあります。

またがん患者の状態によっては自己T細胞を採取してもT細胞が弱っており上手く増殖できなかったり、培養中に患者の状態が悪化する可能性などがあります。そこでゲノム編集技術を活用し、元気なT細胞で自己/非自己を認識する遺伝子を破壊し、誰でもすぐCAR-T細胞療法が受けられるような『ユニバーサルCAR-T細胞』の研究も進められています。

参考:
いまさら聞けないCRISPR/Cas9|生物工学会誌 第99巻 第1号 35.2021
ゲノム編集技術を利用した遺伝子治療 -注目されるCAR-T細胞

農業分野におけるバイオテクノロジーの活用

微生物バイオテクノロジーは農業分野でも、持続可能な農業を実現するための重要な役割を果たしています。この章では、農業分野での具体的な事例を紹介します。

土壌改良技術

微生物バイオテクノロジーは、土壌改良においても重要な役割を果たしています

例えば、窒素固定細菌は、空気中の窒素を植物が利用できる形に変換する能力を持ち、窒素肥料の使用量を減少させます。実際にアゾトバクターなどの窒素固定細菌は、特定の作物と共生し、作物の成長を促進することが知られています。

また、コンポストの生成にも微生物が活用されています。微生物は、植物残渣や動物糞などの有機物を分解し、栄養豊富な堆肥を生成します。

またバイオ肥料として利用される微生物は土壌中の栄養素の利用効率を高め、化学肥料の使用量を減少させることで環境への負荷を軽減します。

参考:
微生物共培養による窒素固定能の発現|日本農芸化学会
バチルスバイオ肥料キクイチの開発と農業生産現場への実装|肥料科学,第42号,1~34(2020)

病害虫予防と微生物

微生物は、病害虫予防にも有効です。バチルス・チューリンゲンシス(BT)という枯草菌の一種は昆虫の腸内で毒素を生成し、害虫を駆除するために利用されます。このような微生物は特定の害虫に対して選択的に作用するため、環境への影響が少なく、化学農薬の代替として注目されています。

また、トリコデルマ菌には植物の病原菌を抑制する能力があり、土壌中の病原菌を減少させるために利用されます。

このような微生物は生物農薬と呼ばれ、化学農薬の使用を減らし、持続可能な農業の実現に貢献しています。

参考:生物農薬とはどんなものですか|JCPA農薬工業会

作物の成長促進と収穫量向上への貢献

微生物は作物の成長促進にも大きな役割を果たしており、アゾトバクター属の細菌は植物の成長を促進するホルモンを生成し、作物の根の発達を助けます。

また、菌根菌と呼ばれるカビやキノコは植物の根と共生し、植物が土壌中から栄養素を効率よく吸収する能力があると確認されました。

さらに、特定の微生物を利用したバイオスティミュラント(生物刺激剤)により作物のストレス耐性を向上させ、収穫量を増やす取り組みが始まっています。

以上の技術は、持続可能な農業を実現しながら、食料生産の効率を高めるために重要といえます。

参考:
有用根圏微生物により誘導される植物の全身抵抗性
バイオスティミュラントの定義と意義|日本バイオスティミュラント協議会

バイオテクノロジーの展望と微生物の役割

微生物バイオテクノロジーの進展は、未来の社会に大きな影響を与えると期待されています。この章では、今後のバイオテクノロジーの展望と微生物の役割について考察します。

未来への展望と社会への貢献

微生物バイオテクノロジーの進化は、社会のさまざまな分野に貢献するでしょう。

実際に微生物を利用したバイオ燃料の開発は、化石燃料に代わる持続可能なエネルギー源を提供し、温室効果ガスの排出削減に寄与するとされています。

さらに、微生物を利用した医薬品の開発は、新しい医薬品や治療法を生み出し、医療の質を向上させます。

そのため微生物を活かしたさまざまな技術は、持続可能な社会の実現に向けた重要な一歩といえます。

倫理観点から見るバイオテクノロジーの活用

微生物バイオテクノロジーの進展には、倫理的な観点も重要です。

まず遺伝子操作を行う際には、予期せぬ影響を防ぐための慎重な検討が必要です。例えば、遺伝子組み換え微生物が環境中に拡散することで、自然生態系に影響を及ぼす可能性があります。そのため遺伝子操作を行う際には、環境影響評価やリスク管理を慎重に実施しなければいけません。

また、微生物バイオテクノロジーの利用には、社会的な受け入れも重要です。消費者が遺伝子組み換え製品に対して抱く不安を解消するためには、透明性のある情報提供と、科学的な根拠に基づく説明が必要です。遺伝子組み換えには不安を抱く方が多いことから、なかなか納得が得られないときは根気強く時間をかける必要もあるでしょう。

さらに、微生物バイオテクノロジーの利益が公平に分配される仕組みづくりも重要です。特に、発展途上国においては、技術の恩恵を広く共有することが求められます。

まとめ:医療と農業を変える微生物バイオテクノロジーの可能性

微生物バイオテクノロジーは、医療と農業において大きな革新をもたらす可能性を秘めています

医療分野では、新しい治療法や診断法の開発により、多くの疾患の治療が進展しています。そして農業分野でも、持続可能な食料生産を実現し、環境保護に貢献しています。今後も微生物テクノロジーの発展することで、持続可能な未来につながるといえるでしょう。

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