「酪酸菌の研究に関する詳細が知りたい」と考えている企業は少なくありません。酪酸菌は、その健康効果から世界中で研究されているテーマの1つです。
本記事では、酪酸菌の研究開発の現状や、実際に研究開発を行っている企業、大学での研究テーマなどについて解説します。
具体的な団体や研究内容を知ることで、新しい事業の手がかりに繋げてください。
目次
酪酸菌は有用な腸内細菌であり、さまざまな健康効果を発揮することから世界中で注目されています。
中でも整腸作用に関しては古くから研究が行われ、酪酸菌を配合したサプリメントなどが広く製造、販売されてきました。
また近年では健康長寿との関連も指摘されており、酪酸菌の可能性の広さがうかがえます。具体的な研究内容は、関連記事にまとめているのでご参照ください。
参考:酪酸菌が腸内環境に与える驚くべき効果とは 有効な製品も紹介
ただし酪酸菌の研究は主に免疫や腸内環境との関わりを主題としており、このほかのテーマは農業に関わる基礎的な研究が少数あるのみ、という現状です。
今後は研究成果の実用化、産業化などに向けて、大学と一般企業が協働する産学連携による開発促進などが望まれます。
この章では、酪酸菌の研究開発を行っている企業や大学を紹介します。
ミヤリサン製薬では、酪酸菌を用いた整腸剤を製造、販売しています。
名称 | ミヤリサン製薬株式会社 |
事業内容 | ・医療用医薬品、一般用医薬品、動物用医薬品 ・飼料添加物の製造や販売・医薬品等の輸出入 |
酪酸菌に関わる製品やサービス | ・強ミヤリサン(錠)・動物用ミヤリサンなど |
その他 | EUや東アジアなどの海外展開にも積極的 |
主力製品の根幹をなす宮入菌は、継代過程で遺伝子変異などが発生しないよう、厳格な品質管理基準を元に製造されています。
またヒトだけでなく、家畜などの動物用の医薬品も扱っている点も特徴です。
日東薬品工業株式会社の酪酸菌に関する製品やサービスを紹介します。
名称 | 日東薬品工業株式会社 |
事業内容 | ・医薬品の製造・医薬部外品の製造・医薬品原薬・食品、化粧品の販売 |
酪酸菌に関わる製品やサービス | ・フェカルミンスリーEなど |
その他 | フェカルミンスリーEをはじめとする製品販売は、株式会社エバスリー・ジャパンが行っている |
同社では、これまでに培われた長年の研究によって、すぐれた菌株を保有している点が特徴です。
胃酸や製剤化に強いなどの性質を持つことから、多くの医薬品原薬として採用されています。
東亜薬品工業株式会社の酪酸菌に関する製品やサービスを紹介します。
名称 | 東亜薬品工業株式会社 |
事業内容 | ・医薬品の製造・医薬部外品の製造・動物薬事業・ヘルスケア事業(OEM製品受託、培養受託、菌末販売など) |
酪酸菌に関わる製品やサービス | ・ビオスリーHi錠(整腸剤)・動物用ビオスリーなど |
その他 | ビオスリーHi錠などの整腸剤の販売は、アリナミン製薬株式会社が行っている |
医薬品の製造販売だけでなく、動物用医薬品の製造やOEM製品の受託など幅広い事業を展開している点が特徴です。
販売菌末では、植物性乳酸菌や糖化菌などを取り扱っています。
近年、酪酸菌が肥満抑制などに関わることが示され、同大学でも研究に取り組んでいます。
下記に概要をまとめているので、確認してください。
学部・研究室名 | 応用生物学部 アンチエイジングフード研究室 |
主な研究内容、テーマ | ・ケトン体のアンチエイジング効果・有機酸のアンチエイジング効果・ビタミンCの生理機能 |
酪酸菌に関わる研究 | ・酪酸菌とヒトの共生・ポリヒドロキシ酪酸と肥満抑制など |
その他 | 神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科や麻布大学獣医学部などと共同研究を実施 |
酪酸菌を主題とする研究室ではありませんが、研究キーワードの1つであるケトン体と酪酸菌の関係が見出され、他大学との共同研究が進められています。
参考:
東京工科大学応用生物学部 アンチエイジングフード研究室
東京工科大学|ポリヒドロキシ酪酸でアッカーマンシア属腸内細菌が増加 ~肥満のマウスモデルで検証、プレバイオティクスとして実用化期待~
東京工科大学|酪酸菌とヒトはケトン体を介して共生関係にある~大腸管腔内のケトン体濃度が高いことを発見、仮説を提唱~
麻布大学は東京工科大学などと連携し、酪酸菌と炎症性腸疾患の研究に取り組んでいます。
下記に概要をまとめているので、確認してください。
学部・研究室名 | 獣医学部獣医学科 生化学研究室 |
主な研究内容、テーマ | ・糖鎖分子をキーワードとした生物学的機能の解明・伴侶動物における疾患の病因の解明など |
酪酸菌に関わる研究 | ポリヒドロキシ酪酸による炎症性腸疾患の抑制 |
その他 | 東京工科大学や日本ペットフード株式会社との共同研究を実施 |
研究室のメインテーマは糖鎖に着目した生命現象の解明ですが、短鎖脂肪酸の一種である酪酸の働き(特に炎症性腸疾患)に関する論文も執筆されています。
参考:
麻布大学獣医学部獣医学科 生化学研究室
麻布大学|ポリヒドロキシ酪酸による炎症性腸疾患抑制作用を解明(プレスリリース)
この章では酪酸菌に関する代表的な研究テーマを5つピックアップし、解説します。
東京工科大学が行った研究について、下記に概要を記載します。
【概要】
ケトン体のポリエステル化合物として知られるポリヒドロキシ酪酸(PHB)が、アッカーマンシア・ ムシニフィラ属*に分類される腸内細菌を増加させることがわかりました。
*肥満との関連が指摘されており、肥満の人に少なくかつ肥満でない人に多いことから”痩せ菌”と推測されている
【実験内容】
肥満のモデルマウスにPHBを2%混合したエサを与え、腸内細菌を解析をしたところ、下記の結果が得られました。
上記の結果から、PHBが肥満の抑制に役立つことが示されました。
酪酸菌と非アルコール性脂肪肝炎
酪酸菌が非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の進行を阻止するという研究があります。
下記に簡単な研究概要を記載しているので、確認してください。
【概要】
非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を発症するような食事を与えたラットを準備し、食餌開始2週目から酪酸菌を投与、コントロールマウスと比較しました。
食餌実験の終了後、マウスの血液や肝臓などを解析したところ、酪酸菌投与マウス群において確認された結果を以下に示します。
コントロールマウス群と比較し、
が認められ、酪酸菌がNASHの進行を抑制することが明らかとなりました。
さらに、脂肪生成または脂肪分解関連タンパク質の発現増加、肝臓の酸化ストレス抑制に関わる因子の誘導なども確認されています。
参考:Hitoshi E., et al., PLOS ONE, 2013 May 8(5)
大阪大学微生物学研究所は、酪酸菌が大腸癌を促進させると報告しました。研究の概要は次のとおりです。
【概要】
大腸癌患者で増殖している12種類の菌について、下記の一連の実験により、大腸癌の発症や促進に関わる菌を調査しました。
<実験1>
12種の菌を培養し、上清をヒト線維芽細胞および腸管上皮細胞に投与しました。
その結果、酪酸菌による細胞老化が認められ、さらに細胞老化誘導の主な原因物質が酪酸であることも示されました。
<実験2>
ヒトの大腸癌の組織を解析した結果、下記が明らかになりました。
<実験3>
大腸癌モデルマウスに酪酸菌を投与したところ、大腸の腫瘍数が有意に増加しました。一方、酪酸を産生しない菌では大腸癌の促進は見られませんでした。
一連の実験から、同定された酪酸菌は大腸がんを促進させると結論づけられています。
参考:Shintaro O., et al., Nat Commun. 2021 Sep 28;12(1):5674
理化学研究所の研究により、酪酸菌が大腸炎を抑制することが示されました。下記に概要を記載します。
【概要】
本実験での発見は、マウスに食物繊維が多量に含まれる食事(高繊維食)を与えると、制御性T細胞*への分化誘導がなされる点です。
*炎症やアレルギーなどを抑制するための免疫細胞を増やす働きがある
高繊維食マウスは、低繊維食を与えたマウスと比較すると、腸内細菌の活動が高まっており、酪酸の生産量の増加が認められました。
さらに、酪酸の働きにより、制御性T細胞への分化誘導において、重要な役割を担う遺伝子発現が高まっていることも特筆すべき点です。
実験の結果から、食物繊維を多く含む食事を摂ると腸内細菌の活動が高まり、結果多量の酪酸が作られ、炎症抑制作用のある制御性T細胞を増加させていると推測されます。
実際に大腸炎を起こしたモデルマウスに酪酸を与えたところ、制御性T細胞が増加し、大腸炎の抑制も認められました。
参考:Yukihiro Y. et al. Nature, 504, 446-450 (2013)
九州大学で行われた研究について、概要を下記に記載します。
【概要】
酪酸菌の増殖は畜産用サイレージの品質劣化の大きな要因であることから、酪酸菌数と発酵に関する基礎的な情報を得る目的で実施されました。
実験はサイレージの材料となる青刈エンバクに、下記6種類の処理を行いました。
埋蔵後1、3、5、7、14日目にサイレージ抽出液を調製し、発酵品質や酪酸菌を計測しました。
結果は下記の通りです。
上記より、酪酸菌の菌数はpHを変化させる乳酸などの生成と関連すると推察されます。
参考:
九州大学大学院農学研究院学芸雑誌. 56 (2), pp.229-234, 2002-02. 九州大学大学院農学研究院
この章では酪酸菌の研究開発を進める方法を2つ解説します。
OEMとは、他社のブランド製品を製造すること、もしくはOEMを実施する企業そのものです。自動車業界やアパレルなどでよく取り入れられている手法で、自社ブランド製品の製造をアウトソーシングするイメージです。
自社工場を保有する必要がないため、投資コストを抑えられるなどの特徴があります。
実際、ビオスリーHi錠やフェカルミンスリーEなどの製品は、製造会社と販売会社が異なるOEMを利用した製品です。
委託者と受託者側で利点や注意すべき点があるため、活用する際は状況や目的に鑑みて検討する必要があります。
研究開発を進めるために、大学と共同で行う産学官連携も有効な手段です。
産学官連携は、大学などの研究機関が有する研究成果や技術などを民間企業が活用し、実用化、産業化に結びつける取り組みで、さまざまな形態があります。
企業側は研究資材や設備などを一から準備する必要がなく、自社で獲得できない外部資源を活用できるのが大きな強みです。
本記事で紹介した2大学でも産学官連携を実施しており、研究シーズの公開や専門部署を設置するなど積極的に活動しています。
さらに、産官学連携には補助金制度もあるため、うまく活用できると資金面でのハードルも下げられます。
酪酸菌にはさまざまな健康効果が認められており、世界が注目しているテーマの1つです。特に整腸作用については古くから研究され、既に製品化、類似商品が複数販売されています。
近年では長寿との関連や糖尿病などの予防に役立つという報告もあり、ますます注目されるキーワードです。一方で、酪酸菌が大腸がんを促進するというネガティブな研究報告もあることから、酪酸菌と健康に関するテーマには、さらなる研究の進展が望まれます。
酪酸菌の研究開発を実施するための有効な方法としては、OEMや産官学連携の活用が挙げられます。いずれも、人材確保や設備投資などの環境整備コストを抑えられるのが大きな利点です。
特に産官学連携は地域の活性化にも役立つうえ、補助金制度もあるので大学との研究内容や目的が合致すれば、効率的かつ有用な手段です。
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