「藻類バイオ燃料の実用化について知りたい」「藻類のバイオ燃料の実用化の課題は何か」と考える企業は多いでしょう。
藻類由来のバイオ燃料は生産性の高さや食料問題の観点から、世界中で注目されています。
この記事では、藻類バイオ燃料の基本から、実用化の現状と課題について解説します。
また、藻類バイオ燃料を実現する際のポイントも紹介しているので、ぜひ最後までご覧ください。
目次
藻類バイオ燃料とは、バイオマスを用いたエネルギー資源の中でも、特に藻類を活用して得られる燃料です。
陸上植物よりも藻類の方がオイルの生産効率が高いうえ、食糧資源との競合がないなどの特徴から、実用化への研究が世界的に行われています。
日本でも企業や大学などが共同研究を行っているほか、2022年には国土交通省が公募するプロジェクトにおいて、藻類バイオをテーマとした技術開発が採択されています。
参考:
国土交通省|下水道のグリーンイノベーションに向けて技術実証・応用研究に取り組みます~B-DASH プロジェクトに2技術、下水道応用研究に4技術を新たに採択~
国土交通省|令和4年度 採択技術の概要
この章では、藻類由来のバイオ燃料のメリットを5つ解説します。
生産性の高さは、藻類バイオ燃料の大きなメリットです。
マッセー大学(ニュージーランド)が試算した、藻類バイオマスのエネルギーの生産性(理論値)は、次のとおりです。
バイオマス | 1haあたりの年間オイル生産量(L) | 耕作面積*(百万ha) | 左列の耕作面積*がアメリカの穀物生産耕作地に占める割合(%) |
トウモロコシ | 172 | 1,540 | 845 |
大豆 | 446 | 594 | 326 |
セイヨウアブラナ | 1,190 | 223 | 122 |
ジャトロファ | 1,892 | 140 | 77 |
ココナッツ | 2,689 | 99 | 54 |
パーム油 | 5,950 | 45 | 24 |
藻類1** | 136,900 | 2 | 1.1 |
藻類2*** | 58,700 | 4.5 | 2.5 |
*アメリカの全て運輸業で利用される燃料の50%を賄うために必要な耕作面積
**バイオマス乾燥重量比で70%以上がオイル
***バイオマス乾燥重量比で30%以上がオイル
藻類由来のバイオ燃料は、トウモロコシや大豆などの陸上植物よりも非常に高い生産性を持つことがわかります。
参考:
藻類産業創成コンソーシアム|農山漁村における走塁バイオマスファームの事業化可能性調査報告書
Y. Chisti / Biotechnology Advances 25 (2007) 294–306
現在、石油に代わるバイオ燃料として、トウモロコシやサトウキビを使用したバイオエタノール生産が実用化されています。
しかし食糧資源を燃料として生産した結果、農産物の価格高騰などの問題が発生する可能性があります。
一方、藻類はほとんどが食用とされないため、食糧資源と競合しないのが特徴です。
さらに、耕作地が不要で、汽水や海水環境でも培養が可能であることから既存作物との土地や水などの資源の競合も回避できます。
廃水には窒素やリンなどが多く含まれているため、栄養塩や有機物で増殖する藻類の培養に最適な栄養源となり得ます。
実際、藻類の育成に廃水の活用を支持する研究者もおり、下水処理と藻類の培養をいかに統合するかが重要な課題です。
藻類の培養に廃水が活用できると、下記の効果が期待できます。
さらに藻類バイオ燃料の生産に廃水を利用できれば、藻類オイルの生産コストが石油燃料よりも安価になるとする研究もあります。
参考:
渡邉 信、日本マリンエンジニアリング学会誌 第56巻 第 2 号 81-86(2021)
C.E. Hamilton and N. Rosmeissl, U.S. Department of Energy, Energy Efficiency & Renewable Energy, (2014), 1-15
藻類は、下記の特徴を備えているため、土地の制約を受けにくいとされています。
藻類は陸上植物よりも構造が単純であるため、一部の藻類(藍藻類のアナベナなど)は空気中の二酸化炭素に加え窒素も取り入れ固定化できる事から、水と光があれば生育が可能です。
また、陸上植物は基本的に淡水以外では生育できませんが、藻類は汽水や海水であっても培養できます。
そのため、耕作放棄地などに培養施設を建設すれば土地の有効活用が可能です。
未使用の土地を利用することで、既存作物との資源の競合を防止できるため作物の価格高騰などの問題を回避できます。
参考:藻類の光合成の新しいエネルギー変換装置を解明~クリーンなエネルギーの産生に向けて~(東京大学、JST)
多くの藻類は葉緑素を持ち、光合成を行うことで二酸化炭素(CO₂)を吸収し有機物と酸素を生み出します。地球温暖化の主な原因とされるCO₂固定の手段として活用できるため、地球温暖化の防止に有効です。
光合成を行う藻類は自然環境下でもCO₂ を吸収しますが、工業化し人工的に大量培養することで吸収や固定化を効率よく行えます。
光合成はCO₂のほかに光エネルギーも必要とするため夜間は二酸化炭素固定の機能が低下しますが、地球温暖化防止の観点からも藻類バイオマスは有用です。
この章では、オイルを産生する代表的な微生物について解説します。
ボトリオコッカスの特徴は、次のとおりです。
一般名称(学名) | ボトリオコッカス(Botryococcus) |
分類 | 緑藻類、アーケプラスチダ |
形態 | ・世界中の湖沼に生育する・単体の細胞が数十〜数万個集まり、群体を形成する・群体がブドウの房のように連結していることもある・群体の内側は、細胞外マトリックスが蓄積している |
特徴 | ・細胞内で油滴を形成し、細胞外マトリックスにオイルを蓄積する・増殖スピードが遅い・炭化水素含有量は細胞乾燥重量の60%以上 |
産生するオイル | ・ボトリオコッセン(botryococcene, C34H58)などの炭化水素オイルを産生する・石油や石炭の代替資源として注目されている |
ボトリオコッカスは、主に排水を利用した培地での研究開発が進められています。
参考:藻類産業創成コンソーシアム|平成23年度農山漁村6次産業化対策事業に係る 緑と水の環境技術革命プロジェクト事業
オーランチオキトリウムについて、下記の表に特徴をまとめました。
一般名称(学名) | オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium) |
分類 | 微細藻類、ラビリンチュラ |
形態 | ・直径は、およそ5µm〜20µm程度の球形・運動性はない |
特徴 | ・光合成をしない従属栄養生物・増殖スピードが早い・油脂の生産能力が高い・乾燥重量あたりの総脂質含量が70%以上にもなるという報告もある |
一般名称(学名) | ・DHA(ドコサヘキサエン酸)などの高度不飽和脂肪酸を産生する・近年では、炭化水素スクアレン(squalene, C30H50)を産生する株が発見されている |
スクアレンは医薬品や化粧品などのほか、バイオ燃料などの化学製品の原料として活用されるため、大量培養技術の開発が進められています。
参考:藻類産業創成コンソーシアム|平成23年度農山漁村6次産業化対策事業に係る 緑と水の環境技術革命プロジェクト事業
シュードコリシスティスの特徴は、次のとおりです。
一般名称(学名) | シュードコリシスティス(Pseudochoricystis) |
分類 | トレボキシア藻綱、単細胞藻類 |
形態 | 大きさはは5µm程度 |
特徴 | ・光合成により二酸化炭素を吸収し増殖する・窒素栄養が不足した環境でトリアシルグリセロール(TAG)を多量に生産、蓄積する・乾燥重量あたりの油脂量は30%以上である・pH 3.5 以下の酸性環境においても、オイルの生産および自身の増殖が可能である |
産生するオイル | ・トリアシルグリセロール・軽油に相当する炭化水素も少量産生する |
国内では株式会社デンソーや慶応大学などで研究、開発が進められています。
参考:藻類産業創成コンソーシアム|平成23年度農山漁村6次産業化対策事業に係る 緑と水の環境技術革命プロジェクト事業
イカダモについて、下記の表に特徴をまとめました。
一般名称(学名) | イカダモ (Scenedesmus, Desmodesmus) |
分類 | 緑藻綱 >ヨコワミドロ目>イカダモ科 |
形態 | ・細長い細胞が筏(イカダ)のように並んだ形状である・楕円形から弓状・細胞壁の表面は平滑で棘はない・細胞壁の内層は繊維質(セルロース性)である |
特徴 | ・決まった回数だけ細胞分裂を行う・4、8、16細胞の定数群体を形成する・世界中の淡水止水域に普遍的に生育する・真冬や真夏でも増殖が可能である・乾燥重量あたりの油脂量は40%を超えることがある |
産生するオイル | ・トリグリセリドなどの炭化水素油・油の生産量はボトリオコッカスより少ない |
主に環境バイオ研究所、徳島大学、四国大学短期大学部、アムテックで研究開発が行われています。
参考:藻類産業創成コンソーシアム|平成23年度農山漁村6次産業化対策事業に係る 緑と水の環境技術革命プロジェクト事業
この章では、藻類バイオ燃料の実用化に向けての課題を解説します。
大量培養が難しい点は、藻類バイオ燃料を実用化する上で大きな課題です。主に開放系の大量培養は他の微生物の混入(コンタミネーション)の可能性が高い事から、大量培養は難しいと言われています。
下記の表に藻類バイオ燃料の培養方法と特徴をまとめました。
屋外プールなどの開放系での培養 | 培養槽などの閉鎖系での培養 | |
メリット | ・主に光合成藻類の培養に用いる・比較的安価・生産に要するエネルギーが低い | ・主に従属栄養藻類の培養に用いる・培養に最適な環境を維持しやすい・生産効率が高い(光合成藻類より増殖が速い) |
デメリット | ・天候など環境の制御が難しい・生産が不安定・雑菌の混入が起こりやすく藻類の大量培養を阻害する | ・比較的高価・生産に高エネルギーが必要 |
藻類の種類によって適した培養手段は異なるため、培養する種や周辺環境、培養規模などを考慮したうえで、総合的な大量培養システムを構築する必要があります。
そもそも藻類産業は設備投資型であり、特に培養槽で行う閉鎖系の培養では資本コストが高くなる傾向です。
下記にコスト(固定費と変動費)の削減についてまとめました。
固定費削減 | 変動費削減 |
・耕作放棄地などの未利用の土地の活用・低コストのかく拌技術の開発など | ・培養水への廃水の利用・培養液などの再利用、など |
コストを下げるには、格安で丈夫な素材などの開発も必要です。
藻類バイオ燃料を得る際の抽出工程においては、抽出効率を左右する水分を除去するための「乾燥」作業に多量のエネルギーが必要です。これは、製造に関わる消費エネルギーの50%以上を占めると言われています。
またトリグリセリドを燃料として使用するには、水素転換などの作業が別途必要であるにもかかわらず、エネルギーコストなどを考慮しないまま研究が進められている点も課題といえます。
この章では、藻類バイオ燃料の実用化に関する取り組みや成果を紹介します。
株式会社IHIでは、藻類由来のバイオジェット燃料を、持続可能な代替航空燃料(SAF)として国内航空機に供給しました。取り組みの概要は、次のとおりです。
【事業概要】
本事業は、光合成によって高速で増殖する微細藻類(高速増殖型ボトリオコッカス、HGBb)を大量に培養し、HGBbが産生するオイルからバイオジェット燃料を一貫製造するための技術開発を目的としたものです。
確立したバイオジェット燃料の生産技術により、国際規格である「ASTM D7566 Annex7」を取得、国内定期便の燃料に供給された実績があります。
「ASTM D7566 Annex7」規格に基づいたバイオジェット燃料による航空機の飛行は、世界で初めてであり、日本だけでなく世界の民間航空機の運行に使用可能です。
本事業の成果により、航空機が排出する二酸化炭素の削減が期待されています。
参考:株式会社IHI|微細藻類から製造したバイオジェット燃料を国内定期便に供給(プレスリリース)
大成建設(株)、埼玉大学、中部大学、かずさDNA研究所は、遺伝子組換えを行わず、オイルを細胞外に生産する藻類の作成について研究しています。ここからは研究成功時の概要を示します。
【概要】
シアノバクテリア(Synechococcus elongatus PCC 7942株、微細藻類の一種)に対して、特定の遺伝子発現制御することで、細胞内の遊離脂肪酸(FFA)を細胞外に効率よく生産できるようにしました。
【特徴と成果】
作成された藻類の特徴を下記に示します。
研究の結果、産生された燃料物質(FFA)の回収が容易になりました。
FFAの生産能力は中程度*といわれていますが、FFAの回収の容易化により、エネルギーコスト削減が期待できます。
*作成した藻類:1日当たり31mg-FFA/g-DCW、その他の藻類:1日当たり:10~120mg-FFA/g-DCW
参考:国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構|世界初、燃料物質である“油”を細胞外に生産する微細藻類の作製に成功
東京工業大学、国立遺伝学研究所では、オイルを生産する藻類の一種である「ナンノクロロプシス」について、オイル生産能力の仕組みを解明しました。
ナンノクロロプシスは下記の特徴から、バイオ燃料の製造で有望視されています。
実際の研究の概要、結果は次のとおりです。
【概要】
ナンノクロロプシスが有する高い油脂生産能力は、細胞内にある油滴と呼ばれる小器官の表面で油脂合成を行うシステムに由来していることが解明されました。
研究により下記の2つが明らかになりました。
ナンノクロロプシスが有する油滴表層でのオイル合成能力を強化/改変できれば、藻類由来のバイオ燃料の実用化はさらに進展することが期待されます。
参考:大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所|大量のオイルを生産する”最強藻類”の秘密を解明 – バイオ燃料の実用化に向け有力な手がかり得る –
株式会社ユーグレナの発表によると、微細藻類ユーグレナによるバイオジェット燃料が、STM D7566 Annex6規格に適合しました。認定の概要は、次のとおりです。
本バイオジェット燃料は、微細藻類ユーグレナ由来の油脂および使用済み食用油等を原料とし、バイオ燃料製造実証プラントのバイオ燃料アイソコンバージョンプロセス技術*を用いて製造されました。
*共働しているアメリカ企業と共同開発したバイオ燃料の製造技術
2021年に、開発されたユーグレナ由来のバイオジェット燃料を使用した飛行検査機(国土交通省が保有、運用)において、フライトおよび飛行検査業務が行われました。
翌年の2022年には定期旅客運送を行うエアラインにおいて、ユーグレナバイオジェット燃料を使用したチャーター運航を実施するなど、バイオ燃料事業の実績を積み上げています。
参考:
株式会社ユーグレナ|ユーグレナバイオジェット燃料が完成、年内の供給開始・フライト実現へ BICプロセスによるバイオジェット燃料でASTM認証に適合(プレスリリース)
株式会社ユーグレナ|国土交通省が保有・運用する飛行検査機において、バイオジェット燃料を導入したフライト・飛行検査業務を実施(プレスリリース)
株式会社ユーグレナ|定期旅客運送を行うエアライン初のユーグレナ社のバイオジェット燃料「サステオ」を使用したチャーター運航について 未来に繋がる、バイオジェット燃料 特別遊覧フライトを実施しました(プレスリリース)
藻類がオイルを生産する際の制御因子を同定した研究について、下記に概要を記載します。
【概要】
本研究では、「クラミドモナス」において、リンや窒素などの栄養欠乏時に発生する、オイルの蓄積を制御する因子の同定に成功しました。
また、この制御因子がオイルを大量に蓄積する際の機能制御に関わる、主要な因子であることも見出されています。
【今後期待されること】
高濃度のオイル蓄積を制御している因子が明らかになったことにより、今後期待される点は下記の通りです。
これにより、有益なオイルを必要なタイミングで大量生産できるようなシステムの構築が期待されます。
なお、この研究は、東京工業大学、京都大学、東北大学大学院情報科学研究科、かずさ DNA 研究所によって行われたものです。
参考:東北大学プレスリリース|藻類のオイル生産を制御する因子を同定 -有用脂質生産の自在制御に向け大きな一歩-
この章では、藻類バイオ燃料の実用化のポイントについて解説します。
バイオジェット燃料など、石油に代わるエネルギー源として産業利用するためには、生産コストを低く抑える工夫が必須といえます。
そのために、オイルを産生できる藻類を低コストで大量に培養するための技術開発が重要です。
藻類の産業利用における技術開発には資金の獲得が必要であり、継続的な援助の有無がその後の研究成果に影響を与えます。
研究費用は設備投資や研究資材の調達、人件費などに用いられ、今後も資金調達がうまくできれば効率的な研究手法の選択、有用な人材の確保に繋がります。
藻類由来のバイオ燃料は、化石燃料に代わるエネルギー資源として注目されています。
藻類を活用するメリットは、下記の5つです。
一方、バイオ燃料として実用レベルで使用するには、安価で大量培養するための技術が必要です。
一部では航空機に藻類由来のバイオジェット燃料を用いるなど、実用化が実現していますが、コストや技術面で依然として課題が残っているのが現状です。
産業利用可能な技術開発には、民間や国などによる積極的な支援が望まれます。
一覧へ戻る