微生物は地球上で最も古くから存在し、多様な生態系において非常に重要な役割を果たしています。そして微生物を利用した産業技術は近年急速に発展しており、新たな市場の開拓やビジネスの応用につながっています。
本記事では、微生物の産業利用の実例とビジネス応用について詳しく探求し、その可能性と課題について解説します。微生物がもたらす産業の革新と未来展望について、ぜひご一読ください。
目次
微生物の発酵技術は、様々な産業の進化に大きな影響を与えています。
ここでは、微生物発酵技術の応用として、タンパク質合成技術や有用物質の生産、そして環境浄化技術の開発について解説します。
微生物の発酵によるタンパク質合成技術は、医療・食品・化粧品・エネルギー・環境などのさまざまな産業に革新をもたらしています。
例えば、糖尿病治療に使われるヒトインシュリンの生産においては、大腸菌や酵母などの微生物に遺伝子組み換え技術を用いることで大量生産が可能となりました。
また食品産業では、微生物を用いてミート代替製品や、植物由来のタンパク質を生産する技術に注目が集まっています。
他にも日本のSpiber株式会社などにより、化学繊維と何ら変わりない耐久性や安定性を持った繊維の開発と商品化に成功しています。
参考:Spiber株式会社
微生物による有用物質の生産と活用は、バイオテクノロジーの分野において非常に重要です。
バイオプロセスによるものづくりといえば、酵母や乳酸菌を用いた発酵食品、医療やヘルスケアの分野などです。
しかし、最近は「合成生物学」という分野が特に注目されています。これはバイオマスを原料に、代替燃料・プラスチック・繊維・ファインケミカルなどを製造するための学問です。合成生物学による生産プロセスは、端的に言えば「工場から出るCO₂から、微生物を用いて直接有用物質をつくる」ようなものです。
合成生物学が進歩すれば代替燃料によって化石燃料への依存を減らしつつ、排出するCO₂からも有用物質を作り出せる、夢の産業プロセスが誕生すると考えられています。
微生物を用いた環境浄化技術は、微生物が持つ分解・浄化能力による汚染された場所や環境の浄化を目的としています。
微生物による環境浄化技術には、空気や水を浄化するバイオフィルター、土壌汚染に用いられる生物吸着などがあります。
そのほかに現在注目されている技術が、バイオレメディエーションです。これは微生物が持つ化学物質の分解能力や蓄積能力などを利用して、土壌や地下水の汚染浄化を図る技術です。
バイオレメディエーションには、自然環境内の微生物を活性化して汚染物質の分解を促進するバイオスティミュレーションと、あらかじめ培養しておいた分解微生物を汚染地域に添加するバイオオーグメンテーションがあります。
参考:バイオレメディエーションとは?|独立行政法人 製品評価技術基盤機構
微生物を利用した新たな生産プロセスの構築は、持続可能な未来を実現するための重要な要素として注目されています。
ここでは、新しい生産プロセスに注目して、微生物の持つ可能性を解説します。
微生物を利用したバイオマスの効率的な処理手法は、持続可能なエネルギー源や生物由来製品の開発に貢献しています。
例えばバイオマスを微生物が分解し、化学薬品や代替燃料など有用な代謝産物を生成するバイオリファイナリーがあります。
バイオファイナリーの研究が進んだ最初のきっかけは石油価格の高騰といわれており、バイオ燃料などの代替燃料やバイオプラスチックが製造できるようになりました。
代替燃料を積極的に利用すれば化石燃料への依存を減らせるうえ、海洋汚染問題の解決に貢献することが期待されています。
環境への影響に注目が集まるなか、バイオファイナリーは今後も環境負荷を軽減する手段として一層の飛躍が期待されています。
参考:バイオファイナリーの現状と課題|廃棄物資源循環学会誌.Vol 32.No.4
遺伝子組み換え技術や合成生物学の発展で、微生物は特定のタンパク質や化合物の生産に特化したり、新しい代謝経路を導入したりすることが可能となりました。これにより、さまざまな新規物質の開発が進んでいます。
実際にゲノムの大規模削除により開発された異種発現用放線菌にタンパク質発現遺伝子を挿入して培養することにより、多くの化合物を高い収率で生産できます。
微生物による生産プロセスは常温常圧で進行されることが多く、従来の化学的なプロセスと比較するとエネルギーコストも低くなる点が魅力です。
また微生物が持つ生物分解能や浄化能力を活かして廃棄物のリサイクルや環境浄化が行われることで、生産プロセスの持続可能性が向上します。さらにバイオマスを原料とする生産プロセスは、化石燃料にかなりの割合で依存せずに済むため、温室効果ガスの削減にも寄与できるのです。
ただし目的の有用微生物を活用し産業化するにはそれぞれの微生物に適したプロセス構築を行う必要があるため、今後の研究が期待されています。
参考:微生物高速分離技術をベースとした新規微生物プロセスの開発
現代ではさらにバイオテクノロジーと微生物を複合的に利用する新技術により、産業や社会に革新がもたらされつつあります。
ここからは、その中から特に注目されるポイントについて解説します。
バイオテクノロジーの進歩により、マイクロバイオームの同定など微生物の利用技術が大きく発展しています。
マイクロバイオームとは、土壌や海洋などの環境や人の腸内に生息する微生物の集合体のことです。
人のマイクロバイオームを構成する微生物の種類や割合は、人の健康と疾患に影響を与えると示唆されています。そのため、マイクロバイオームの同定は人と微生物の関係や、健康や疾病との関連性などに関する重要な情報を得る手掛かりとなります。
またマイクロバイオームは気候変動や汚染物質が環境中の微生物相に影響を与えるため、特定環境のマイクロバイオームを解析すれば、環境の変化に対する微生物の応答や、生態系の安定性に関する情報が得られます。
バイオテクノロジーの進化がもたらした微生物産業の変革のひとつに、スマートセルインダストリーがあります。
スマートセルインダストリーとは、細胞を活用した産業の新たな概念です。スマートセルインダストリーでは生物学的なプロセスを活用した製品の生産や、環境の改善を重視しています。細胞は生物学的な反応で様々な物質を合成できるため、多岐にわたる製品の生産が可能です。
スマートセルによって高機能品の生産ができれば、ものづくり・エネルギー・農林 水産業・医薬等の各分野で生物資源とその機能の高度利用が可能となります。特に石油等の化石燃料に依存している工業分野では、生産プロセスへのスマートセル導入によるサスティナブルなものづくりが期待されています。
バイオテクノロジーと微生物研究の連携により、新たな製品の開発も進んでいます。具体的には洗剤や染料、または微生物由来の化合物を含む健康補助食品などがこれに該当します。
洗剤に多く利用されている微生物由来の酵素が、リパーゼです。リパーゼは脂肪や油を分解する酵素であり、食器や衣類の油汚れの除去に効果的です。
このリパーゼを活用している商品に、オキシクリーンがあります。オキシクリーンは酸素系漂白剤や酵素を含み、さまざまな汚れに対応した洗剤です。特に衣類の油汚れ・油の臭いの除去に定評があります。
この商品は微生物由来の酵素を含むことで高い洗浄力を実現し、同時に環境への配慮を重視した製品として市場で人気を博しています。
参考:OxiClean Versatile Stain Remover
ここからは微生物の遺伝子編集技術に話題を絞り、その最新動向について解説します。
近年では従来の遺伝子編集技術に加えCRISPR-Cas9などの革新的なツールが開発され、微生物の遺伝子を精密に修正できるようになりました。CRISPR-Cas9は、正確さ・汎用性・操作の簡便さなどの優れた特徴を併せ持つ新たな遺伝子編集ツールです。
新たなツールの導入で、微生物が生産する有用物質の生産量や収率が大幅に向上しました。
新たな有用物質の活用例としては、医薬品や化学物質、バイオプラスチックなどがあげられます。さらに食品産業や農業においても、微生物が生産する栄養価の高い物質や農薬代替物の開発が進んでいます。これにより、持続可能な生産方法や高付加価値製品の開発が促進され、新たな産業分野の誕生に繋がってきました。
参考:生物工学会誌 第99巻 第1号 35.2021|いまさら聞けないCRISPR/Cas9
近年では微生物のゲノム編集技術を用いた、微生物バイオセンサーの開発が進んでいます。これは微生物をゲノム編集で改変することにより、特定の物質や環境条件に反応する能力を持たせる技術です。こうして開発された微生物バイオセンサーは、有害物質や有用物質の検出に利用されています。
微生物バイオセンサーはCRISPR-Casシステムや合成生物学の技術を活用して、より高感度化しています。
テクノロジーの進歩により微生物バイオセンサーはますます広く使用され、環境保護や健康管理などの産業分野で重要な役割を果たすことが期待されています。
参考:微生物バイオセンサーを用いた有害 金属の簡易検出とその応用
微生物の産業利用は、新たな市場の開拓や持続可能なビジネスモデルの構築につながっています。
ここからは、ビジネスモデルの実例を3つ紹介します。
微生物を利用した医薬品の開発と製造は、医療産業における重要なイノベーションのひとつです。
医療現場で広く使われている抗生物質は、微生物が生産する代謝産物です。これらの抗生物質は、医療現場で感染症の予防や制御に役立っています。
このような微生物を利用した医薬品の市場は世界的に拡大しており、新興国市場や希少疾患領域への参入がビジネスチャンスとなっています。
微生物を活用した食品産業は、新たな食品製品の開発や生産性の向上に貢献しています。
例えば、生物を用いた発酵プロセスは、食品の風味・栄養価・保存性などを向上させるための重要な手段です。ヨーグルト・チーズ・酒類・醤油・味噌などの発酵食品は、微生物による発酵によって製造されており、微生物の種類や培養条件の調整によって、新しい風味や栄養成分を持つ発酵食品が開発されています。
また、微生物を利用して代替たんぱく質の生産が可能です。大豆や豆腐から作られる大豆たんぱく質が代替たんぱく質として有名ですが、肉の代替品として利用されているマイコプロテインなどは、微生物の発酵・培養によって製造されます。
大豆たんぱく質など植物由来の代替たんぱく質は従来の動物由来たんぱく質に比べて環境負荷が小さい事が知られていますが、マイコプロテインは上記の植物由来たんぱく質に比べてより環境への負荷が低く、持続可能な食品供給体制の確立に貢献する事が期待されています。
微生物を利用した農業の革新は、持続可能な農業生産の実現や食料安全保障の向上に重要な役割を果たしています。
微生物が、土壌中の栄養循環や有機物分解などの過程において重要な役割を果たしているのは周知の事実です。土壌中の微生物群集の多様性を高めると、有害な土壌病原菌や害虫の増殖が抑制され、土壌の健康状態が維持されます。これにより、化学肥料や農薬の使用量を削減し、持続可能な農業生産の実現が可能となります。
また、近年では微生物などを利用した生物農薬や生物防除剤が、病原菌や害虫の制御に有効な手段として利用されるようになってきました。
例えば、バチルス菌や酵母菌などの微生物を利用した生物農薬は、病原菌や害虫に対して特異的な防除効果を示し、化学農薬に比べて環境への影響が少ないとされています。
参考:農林水産省 消費・安全局|農林水産省における生物農薬に係る取組について
微生物を用いた産業利用技術は、新製品開発や環境への配慮など様々な可能性を秘めています。
一方で、コストが高くなる、投資リスクが大きいなどの経済的な課題、遺伝子組換え微生物の安全性や公共の衛生への影響に関する評価基準の作成などの課題にも直面しています。
今後は技術開発と規制のバランスを保ちつつ、安全性と持続可能性を重視した研究と産業活動が必要となります。
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