「微生物と環境問題の関係が知りたい」「微生物が環境問題にどう役立つのか」と疑問に思う方は多いでしょう。微生物は汚染された環境の浄化に役立ちますが、日本ではあまり知られていないのが現状です。
この記事では、微生物の働きを活かした環境問題への取組みについて、浄化手法の種類や具体例などを網羅的に解説します。
また、微生物を利用した浄化事業を行う際の注意点も解説しているので、ぜひ参考にしてください。
目次
この章では、微生物による環境浄化「バイオレメディエーション」について解説します。
バイオレメディエーションとは、微生物や植物を利用して汚染物質を分解、汚染浄化を行う技術です。多くは微生物を用いますが植物を利用する方法もあり、低濃度、広範囲な汚染浄化に適していると考えられています。
生態系や人体への健康影響を抑えながら汚染環境を浄化できますが、安全性への十分な配慮が必要です。
海外においては1980年代から土壌や地下水の汚染浄化が実用化されており、日本においては1990年代以降に試験が行われ、バイオレメディエーション技術の進歩が続いています。
バイオレメディエーションには下記の3種類があります。
種類 | 特徴 |
バイオオーグメンテーション | ・事前に培養しておいた微生物を汚染地域に導入し、浄化する手法・一般的なバイオレメディエーションの手法として利用される ・近年は、分解されにくい難分解性化学物質に対する浄化技術として注目されている |
バイオスティミュレーション | ・修復場所に生息している微生物を活性化することで、浄化する方法・水や酸素、栄養物質など微生物の増殖を促進する物質を加えることが多い |
ファイトレメディエーション | ・植物を用いて汚染環境を浄化する手法・イネなどの植物は、カドミウムなどの重金属を吸収する性質があり、土壌汚染の浄化が期待されている |
汚染環境や状況に応じて、適切な手法を選択、適用してください。
バイオレメディエーションに利用される微生物について、下記に概要をまとめました。
【石油分解】
分類 | 種類 |
真菌類 | ・Candida属・Rhodotorula属 |
細菌類 | ・Psuedomonas属・Acinetobacter属 |
【揮発性有機塩素化合物の分解】
項目 | 生物 |
好気性細菌 | ・メタン酸化細菌・アンモニア酸化細菌・トルエン分解細菌・フェノール分解細菌 |
嫌気性細菌 | ・Dehalospirillum multivorans・Dehalobacter restrictus・Dehalococcoides属 |
【ダイオキシンの分解】
項目 | 生物 |
好気性細菌 | ・Pseudomonas resinovorans CA 10・Sphingomonas sp. HL 7・Burkholderia sp. JB・Rhodococcus opacus SAO101・Geobacillus midousuji SH 2B-J 2 |
白色腐朽菌 | ・Phanerochaete chrysosporium OGC 101・Phanerochaete sordeda YK-624 |
これまで見つかっている有害物質を分解する微生物は全体のごく一部である可能性が高く、今後も重要な菌や細菌が発見されることが予想されます。
参考:
独立行政法人製品評価技術基盤機構 NITE|どんな微生物が石油を分解するか?
矢木修身、応用物理 第75巻 第8号 1013-1019(2006)
この章では微生物を利用した環境問題への具体的な取り組みを5つピックアップし、紹介します。
まずは国立環境研究所によって行われた、油汚染による海洋浄化に関する調査および実証実験について紹介します。
1997年に発生したナホトカ号による油の海洋流出事故をきっかけに、日本の沿岸部における小規模な油汚染のバイオレメディエーション技術の有効性と影響評価について調査、実験が行われました。
兵庫県の日本海沿岸部(香住町)と種子島の太平洋沿岸部に実験場を設置し、モニタリング、解析を行ったところ、下記の結果が得られました。
この研究により、バイオレメディエーション技術が石油による汚染現場の浄化、修復技術として有効であることが示されました。
参考:国立環境研究所|海域の油汚染に対する環境修復のためのバイオレメディエーション技術と生態系影響評価手法の開発(平成11〜14年度)
次にNITEと大成建設株式会社による地下水浄化技術の開発例を紹介します。
多くの業種で洗浄剤として使用されている塩素化エチレン類ですが、水に溶けやすい性質や浸透性の高さから地下水の汚染が問題となっています。
浄化方法として栄養素や酸素を注入するバイオスティミュレーションや、浄化微生物(デハロコッコイデス属細菌)を培養、散布するバイオオーグメンテーションが行われていますが、効率性やコスト面に課題がありました。下記に主な問題点を記載します。
しかしNITEと大成建設株式会社が協働し、上記の課題を乗り越えたことで、およそ2か月もの浄化期間が短縮され、50%程度のコストが削減されました。
上記の技術開発の功績により、NITEと大成建設は公益社団法人土木学会が主催する「令和3年度土木学会環境賞」を受賞しています。
参考:独立行政法人製品評価技術基盤機構 NITE|NITEと大成建設は、微生物を用いた地下水浄化技術の開発で令和3年度 土木学会環境賞を受賞
次に、株式会社バイオレンジャーズによる土壌浄化の例を紹介します。
産廃業者が保管していた廃油が水田に流出した事例において、付近の稲は全て枯れ、田の土が黒く変色していました。
周辺の環境を回復させるため、バイオレンジャーズは土壌と微生物を組み入れたバイオレメディエーション用の製剤を導入しました。有害な廃油は田の表面だけでなく土壌中にも浸透し水田全体を汚染するため、バイオレメディエーション用の製剤をよく攪拌・混合する必要があります。攪拌後は、微生物の生育のために土壌に水を撒きました。
そして1週間後に再度、製剤の散布と攪拌・混合し、水まきを行ったところ、土壌の変色がなくなり植物の生育が確認されました。
土壌中に廃油が残存していると植物の生育は難しいため、水田汚染の浄化が成功したと判断できるでしょう。
同社は上記のほか、給油所跡地における軽油やベンゼンなどの土壌汚染、工場跡地のトリクロロエチレンによる土壌汚染などに対して、微生物の働きによる分解、浄化を実施しています。
参考:株式会社バイオレンジャーズ|バイオレメディエーションによる浄化実績
多機能フィルター株式会社は、保護用ネットやウェブとよばれる不織布などから構成されたシートに菌根菌や植物の種子、肥料などを組み込んだ土壌侵食防止・緑化資材を開発しました。
同社の事例では、雲仙・普賢岳の噴火(1994年)によって焼け野原となった土地を緑化資材「緑化バッグ」で回復させたものがあります。
当該事例では「緑化バッグ」を上空から落下させたところ、施工後5年後には木々がおよそ3mに、10年後には5m以上に成長しました。
その後の調査で散布した種バッグに配置した菌根菌と、緑化を行った土地の菌根菌のDNAが一致していることが確認され、緑化の効果が実証されています。
また、投下したバッグ内の菌根菌により植物が土に根付きやすくなったことから、生育速度が通常のおよそ1.5倍と早かった点もポイントです。
参考:
一般社団法人平和政策研究所|土壌微生物を利用した緑地回復と環境保護
多機能フィルター株式会社ホームページ
株式会社フジタが扱う大気浄化システムでは、汚染された空気を送り込むと、土壌微生物が有害物質(窒素酸化物 NOxや一酸化炭素 COなど)を除去します。
本システムの特徴は、下記の通りです。
また次のとおり対応可能な大気汚染物質が多い点も魅力です。
実際に大阪府吹田市の国道479号線内の緑地に本システムを設置して運転を開始したところ、装置を停止した場合と比較して、周辺の窒素酸化物の濃度が明らかに低くなる結果が得られました。
参考:
独立行政法人環境再生保全機構|土壌を用いた大気浄化システムの実用性に関する調査
一般財団法人国土技術研究センター|土壌を用いた大気浄化システム(EAP) (第2回建設技術開発賞 奨励賞)
ここからは、微生物を活用した環境保全のメリットについて紹介します。
微生物による環境浄化では特殊な化学物質や高温、高圧での処理を必要としないため、環境への負荷が小さく生態系への影響を抑えられます。
また浄化作業の際は、生態系や人体への病原性などの影響がないと判断されたもののみを用いる点も魅力です。
さらに、国立環境研究所では、浄化能力を持つ微生物の生態系への影響や、評価手法の開発が行われており、安全性は日々高まっているといえます。
広範囲な浄化が可能であることも、微生物を活用した環境浄化のメリットです。
これまで塩素化エチレンなどの拡散しやすい性質をもつ物質においては、汚染が広範囲に及ぶケースがありました。
そのため従来の化学物質の投入や加熱などによる物理的な浄化方法では、土壌の掘削などの作業が必要となり、広範囲な汚染では効率が低下していました、
しかしバイオレメディエーションでは汚染の範囲が広い現場にも対応でき、作業効率を高めることが可能です。
微生物の活用は低コストであり、多くのシーンで利用できます。
まず微生物による環境浄化は生物の活動によるものであるため常温、常圧状態であればよく、高温、高圧などの特殊な環境を作り出す必要がありません。
そのため浄化のための高度な設備は不要であり、建築費や人件費などのコストが抑えられます。
さらに、in situ バイオレメディエーションと呼ばれる方法では汚染場所を掘り返さずとも直接浄化ができるため、費用コストだけでなく時間やエネルギーコストの節約にもなります。
ここでは、微生物を活用した環境保全のデメリットについて紹介します。
微生物による環境浄化は生き物の活動に依った浄化技術であるため、作業を開始してから効果が現れるまでに数週間〜数ヶ月、浄化が完了するまでには数ヶ月~数年かかります。
そのため海面の石油汚染などの迅速な対応が求められる処理には不向きであり、状況を見て判断しなければなりません。
汚物物質の濃度が高いと活動する微生物の負荷が大きくなることから、分解速度が遅くなり効率が低下します。
カナダの塩湿地で行われた農業用肥料を用いた実験では、微生物は低濃度の原油において浄化効果を示しましたが、高濃度の原油では効果が現れなかったという結果が示されました。
これは原油の濃度が高いために、微生物が分解の際に必要とする酸素が不足したことが原因であると考えられています。
高レベルの汚染の場合、微生物活用以外の方法も検討する必要があります。
1種類の生物が汚染環境に含まれる全ての有害物質を分解することは不可能であり、それぞれの菌で分解できる成分は限られています。
複数の汚染物質が含まれる場合は、複数種類の微生物やバイオレメディエーション製剤を使用することで対応できますが、浄化作業の難易度は高くなります。
微生物による環境浄化の際は、汚染状況を見極め、適切に対処する必要があります。
この章では、微生物を活用した環境浄化に取り組む際の注意点について解説します。
生態系や人への影響が懸念される現在、バイオオーグメンテーション技術を活かす際には事前に計画書の提出や申請を行う必要があります。
申請時に必要な書類は、下記の通りです。
事業実施方法や安全性の評価などは、「微生物によるバイオレメディエーション利用指針」(平成17年経済産業省、環境省告示第4号)に従います。
環境への悪影響を避けるため、浄化事業を行う前には利用指針を確認してください。
参考:経済産業省、環境省|微生物によるバイオレメディエーション利用指針
日本では、微生物の働きを利用した浄化手法はあまり行われておらず、技術に対する認知度や信頼度が高いとは言えないのが現状です。
そのため、微生物散布による不安が想定より大きくなることも考えられます。
社会的な不安に対しては安全性や効果について科学的に検証するほか、自治体主導で行うことも有効です。微生物による環境浄化をおこなう際は、社会的な受容度に十分配慮してください。
微生物は土壌や水質汚染などの浄化(バイオレメディエーション)に利用されるだけでなく、緑地の回復にも活用されるなど、幅広く役立てられています。
ただし微生物による浄化には、使用する条件や環境によって適・不適があるため、特性を理解したうえで作業の可否を判断してください。
さらに事業内容によっては国への申請や、近隣住民への説明が求められる場合もあるため、事前に確認しておきましょう。
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