研究開発コラム

発酵技術を利用した様々な取り組みが食と医療を切り拓く

食と医療の分野において、発酵技術によるいくつもの革新的な取り組みが行われています

発酵食品による健康増進から、医療分野での栄養補助医療、抗生物質の生産に至るまで、その応用範囲は多岐にわたります。

本記事では微生物の力を活用した発酵のメカニズムから、古くからの歴史と伝統、さらには食品や医療への応用まで詳しく解説します。

未来に向けてさらなる進化が期待される、発酵技術の展望を探りましょう。

発酵技術の発展と歴史

まずは、発酵技術の発展と歴史について解説します。

微生物による発酵のメカニズム

微生物による発酵とは、微生物が有機物を代謝してエネルギーを生産するための生物学的なプロセスです。

発酵は細菌・酵母・真菌などの様々な微生物によって行われますが、それぞれの微生物が異なる有機物を代謝する能力を持っています。

例えば、アルコール発酵では酵母が糖分をエタノールと二酸化炭素に変換し、また乳酸発酵では特定の乳酸菌が糖分を乳酸に変換します。

発酵によって生成された代謝産物は、微生物の主要なエネルギー源であり、微生物はこの代謝産物で生育・増殖を行うのです。

このような発酵のプロセスが、食品加工や医薬品製造などの様々な産業分野で広く利用されています。

発酵技術の歴史と伝統

発酵技術は人類の歴史とともに古くから存在し、今日でも様々な地域で伝統的に利用されています

人類が発酵を発見したのは7000年前のエジプトとも9000年前の中国ともいわれますが、それほど昔から発酵は食品の保存技術として使われてきました。

発酵によってつくられた食品は多岐にわたり、乳製品・野菜・魚介類・豆類などを原料に、地域によって多様な発酵食品が存在します。

日本の納豆や味噌、韓国のキムチ、中国の紹興酒などは伝統的な発酵食品の代表例です。

これらの食品は保存性や栄養価が高く、独特の風味を持っています。

また発酵技術は食品の加工だけでなく、近年では医薬品の製造にも広く利用されており、抗生物質やワクチンなどの医薬品が微生物の発酵によって生産されています。

発酵技術の食品への利用

発酵技術は現在では様々な分野で使われていますが、生活に密接に結びついた食品への利用が非常に盛んです。

ここからは、発酵技術がどのように食品に利用されているのかを解説します。

発酵食品とは

発酵食品とは、微生物による発酵プロセスを経て作られる食品のことです。

発酵技術は食品の保存技術として発見されましたが、食品加工の手段としても非常に優れています。

動物や植物などの原料と微生物の組み合わせによって発酵の際に生成される物質も異なり、多彩な風味や香りを持った発酵食品が生まれました。

発酵食品の種類

発酵食品には様々な種類がありますが、ここからは代表的なものを3つ紹介します。

まずは、乳酸発酵食品です。乳酸発酵食品では乳酸菌によって糖質が分解され、乳酸が生成されます。乳酸発酵させた食品にはヨーグルト・チーズ・キムチなどがあげられますが、乳酸発酵は他にも味噌・漬物・醤油・酒類など、ほとんどの発酵食品の製造工程に関わっています。

次にあげられるのが、アルコール発酵食品です。アルコール発酵では、酵母菌が嫌気的条件下で糖質を分解し、アルコールと炭酸ガスを生成します。アルコール発酵はワイン・ビール・清酒などの酒類のほか、パンの製造にも使われています。

最後は、酢酸発酵食品です。 酢酸菌によって、アルコールを酢酸に変換するプロセスが酢酸発酵です。通常、まず糖質を含む原料をアルコール発酵させ、それをさらに酢酸発酵させて醸造酢を作ります。酢酸発酵は主に酢の製造に利用されますが、他にもナタデココやカスピ海ヨーグルトの製造にも酢酸菌が関与しています。 

発酵による食品の栄養素の変化

発酵は、食品中の栄養素に変化をもたらします

栄養素の変化は元になる食品や発酵の種類によって異なりますが、一般的には食品中の栄養素の利用や吸収が改善され、風味が増すことが知られています。

また分解され生成されたアミノ酸の中にグルタミン酸やイノシン酸などの旨み成分が含まれているため、食品の風味が変化する点も特徴です。

なお、発酵により糖分も分解されます。

例えばヨーグルトの乳酸発酵では乳糖が乳酸に分解され、食品の甘みが減少し、酸味が増します。

さらに、乳糖が分解されるため、乳糖不耐症の方でも発酵食品であれば食べられるケースもあります。

発酵食品と健康

ここからは、腸内細菌が健康に与える影響について解説していきます。

発酵食品と腸内環境

発酵食品と腸内環境は、非常に密接に結びついています

発酵食品にはプロバイオティクスとして知られる人体にとって有益な微生物が豊富に含まれており、この微生物が腸内環境を改善する役割を果たします。

人の腸内には様々な微生物が共存しており、そのバランスが健康な腸内環境の維持には重要です。

いわゆる善玉菌と悪玉菌のバランスが崩れると消化管の機能が低下し、健康問題を引き起こす可能性が高くなります。

発酵食品に含まれるプロバイオティクスは、乳酸や酪酸などの短鎖脂肪酸を生成して腸内のpHを整え、悪玉菌の増殖を抑制します。

また、生成された短鎖脂肪酸である酪酸は、大腸の蠕動運動を促すための重要なエネルギー源です。

発酵食品と新陳代謝

発酵食品は、人の新陳代謝にも大きな影響を与えます

そもそも新陳代謝とは、生物が栄養となる物質を吸収し、変換し、代謝活動に利用する一連の生化学的なプロセスです。

発酵食品は、主に代謝の中の栄養の「消化吸収」を促進してエネルギー代謝を活性化します。

発酵食品は、発酵によって炭水化物やタンパク質が有機酸やアミノ酸に分解されているため、体内への栄養素の吸収と利用がスムーズに行われます。

また発酵食品に含まれる有機酸や短鎖脂肪酸は消化管のエネルギー源として使われるため、体内への栄養素の取り込みが促進されるのです。

さらに一例として、麹菌を用い固体発酵させた発酵おからが脂質代謝を改善し、脂肪蓄積や体重増加を抑制することが早稲田大学と南洋理工大学の共同研究でわかっています。

参考:早稲田大学・南洋理工大学プレスリリース|“発酵おから”による脂質代謝改善と抗肥満効果

発酵食品と病気の関係

腸内環境はいくつもの疾患に関わっていることがわかっており、現在でも研究が進められています。

国立がん研究センターの多目的コホート研究では、女性において発酵大豆食品の摂取量が多いほど循環器疾患のリスクが低下することが報告されています。

さらに発酵大豆食品の中でも、納豆の摂取量が多いほど循環器疾患のリスク低下が認められました。

また、腸内環境とうつ病の関係も明らかにされつつあります。

うつ病はストレスが原因で発症することが多いことが知られていますが、腸内細菌叢とストレス応答に関連があることがわかってきました。

まだ動物実験の段階ですが、プロバイオティクスがストレスに起因したうつ病症状を緩和することが示唆されています。

参考:
国立がん研究センター|多目的コホート研究
うつ病・自閉症と腸内細菌叢

発酵技術の医療への利用

発酵技術は、食品への利用だけでなく医療分野でも活用されています。

ここからは、発酵技術によって開拓が進む医療分野の例を2つ紹介します。

発酵法でつくられるアミノ酸輸液

発酵法で作られるアミノ酸輸液は、栄養不足や栄養補給が必要な患者に対して使用される重要な医薬品です

適切な管理の下で投与されることで患者の栄養状態を改善し、治療効果を高めることができます。

1956年、手術前後の患者への栄養補給を目的とする高品質のアミノ酸輸液が、日本で初めて発売されました。

現在では肝不全・腎不全の患者への栄養補給にも使用されており、十分な効果が確認されました。

アミノ酸輸液は、微生物の発酵を用いてアミノ酸を生成しますが、この発酵過程では炭水化物などの基質が微生物の発酵によって代謝され、アミノ酸が生成されます。

生成されたアミノ酸を培地から抽出し、精製してアミノ酸輸液として製品化し、医療に役立てています。

参考:味の素株式会社

微生物発酵でつくられる抗生物質

抗生物質は、感染症の治療や予防において不可欠な医薬品です。

抗生物質は通常、特定の微生物を培地中で培養することで生産されます

発酵によって抗生物質を生産する微生物には、放線菌などの細菌類やカビなどの真菌類があります。

生産される抗生物質も多岐にわたり、今までにペニシリン、ストレプトマイシン、テトラサイクリン系抗生物質、マクロライド系抗生物質などが発見され、感染症の治療や予防に効果を発揮しています。

参考:化学と教育50巻1号|医薬品(1)抗生物質~微生物資源からの創薬を中心に

発酵法によるヒアルロン酸の大量生産

発酵法により、医療用ヒアルロン酸の生産技術が大きく進展しました。

ヒアルロン酸は多糖類の一種であり、皮膚や軟骨組織、眼球、関節液などの組織に広く存在しています。

生体親和性が高く生分解性にも優れていることから、医療分野ではその特性を活かして様々な用途に利用されています。

例えば、皮膚への注入療法、関節部への注射療法、軟骨再生療法、眼科手術へでの利用などです。

従来は鶏冠などの動物原料からの抽出・精製が一般的でした。

しかし1985年に資生堂がストレプトコッカス属の細菌の変異株を用いたヒアルロン酸の発酵生産を開始してからこの流れが一変し、遺伝子組換え微生物によるヒアルロン酸生産の大規模化・低コスト化が進んでいます。

参考:ヒアルロン酸バイオ生産技術の歩み

まとめ:発酵技術の今後の展望

発酵技術は現在でも食品、医療、環境など多岐にわたる分野で重要な役割を果たしています。

今後はさらに発展し、持続可能な食品生産、バイオ燃料やバイオプラスチックの生産、医療および医薬品分野への応用拡大など、さまざまな可能性を秘めています

特にSDGsに関連する化石燃料に代わるバイオ燃料の開発や、再生医療やがん治療などの分野での応用を進める取り組みが既に始まっています。

発酵分野は、これからも進化が期待できる産業といえるでしょう。

弊社は、微生物の培養や発酵に関する研究開発技術の知見を活かし、新たなモノづくりに挑戦する企業様、研究機関様を募集しています。気になる方は、ぜひ下のボタンからお問い合わせください。

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