バイオものづくりとは生物由来の素材を用いたり、微生物などの能力を活用して製品を生産する技術や産業の総称です。
バイオものづくりは様々な分野での応用があり、現在までに化粧品・香料・繊維・食品・医薬品など、様々な製品を生み出すことに成功してきました。
また化石燃料を使わずに製品が作れることから、持続的な資源の活用やカーボンニュートラル実現のカギとして大きな期待が寄せられています。
本記事ではバイオものづくりの現状や期待されている分野など、多彩な可能性について解説します。
目次
ここではまず、バイオものづくりの概要について解説します。
バイオものづくりは、大きく2種類に分けられます。
①バイオマス由来
バイオマスとは生物由来の資源の総称であり、とくに化石燃料を除いたものを指します。
バイオマス由来のものづくりの例として、トウモロコシやサトウキビを発酵させて作られる「バイオエタノール」があります。
バイオエタノールはガソリンに代わる燃料として注目されており、既に車や航空機などの燃料として用いられています。
②微生物由来
もうひとつのバイオものづくりは、微生物の力を利用してものづくりを行う方法です。
代表例としては、チーズ、漬物、味噌、醤油などの発酵食品があげられます。
そのほか、遺伝子組み換えの大腸菌や酵母を使った医薬品の生産や、微生物を利用しての有用酵素生産なども含まれます。
バイオものづくりの一番のメリットは、環境への負荷が少ないことです。
従来の化学合成でのものづくりは、化石燃料を使った高温高圧での反応プロセスが必要でした。
しかしバイオものづくりは、微生物の生体反応を利用するため高温高圧の環境を整える必要がなく、CO₂排出量の削減が期待できます。
また遺伝子組み換えなどの技術により欲しいものを狙って作り出すことや、化学合成では不可能な特殊な構造の物質を作ることも可能です。
例えば、微生物を活用した生分解性プラスチックの生産が既に始まっています。
これは海水中でも自然に分解されるため、海洋マイクロプラスチックによる環境問題の解消にもつながります。
バイオものづくりの大きな課題は、「コストが高い」ことです。
これは微生物の反応が化学合成に比べて長時間かかることや、目的となる化合物を製造する技術の確立が難しいためです。
特に製造技術に関しては、試験管レベルでは成功しても大量生産して産業化する段階でつまずくこともあり、バイオ技術ならではの難しさがあります。
また化学合成によって安価に大量生産している製品をバイオ技術で置き換えるのは、サプライチェーンの点からも難しい問題です。
他に、原料の安定供給も課題のひとつとしてあげられます。
バイオものづくりではゴミなどの廃棄物を利用しますが、そのためには廃棄される未利用の原料(古着・廃油・生ごみなど)を回収し、ものづくりにつなげる仕組みの構築が必要です。
ここからは、バイオものづくり発展の背景について解説します。
バイオものづくりの歴史は、比較的新しい部類です。
2009年にOECD(経済協力開発機構)が発行した「The Bioeconomy to 2030」というレポートで「バイオエコノミー」という概念が初めて提唱されたといわれています。
「バイオエコノミー」とはバイオものづくりが導く新たな産業で、バイオマスやバイオテクノロジーを活用し、地球環境の保全や循環型経済の実現を目指すものです。
バイオテクノロジーは酒・味噌・醤油などを作るときに使われてきた微生物の「発酵」のように、決して真新しい技術ではありません。
しかし細胞や微生物の培養技術の確立、ゲノム編集といった生物学の発展とともにバイオテクノロジーの応用範囲も広がっており、様々な分野での活用が期待されています。
参考:OECD|The Bioeconomy to 2030 Designing a Policy Agenda
バイオものづくりが注目され急速に発展している要因は、デジタルテクノロジーの進歩にあります。
デジタルテクノロジーとは、ビッグデータ・AI・ロボティクスといったデータを収集・蓄積して活用するための技術のことです。
現在、生物の設計図であるゲノム(遺伝子情報)の膨大なデータを高速で解析できるようになったのは、バイオとデジタル2つのテクノロジーの融合があってこそです。
ここで得られた遺伝子情報をバイオテクノロジーで編集し、狙った物質を作る細胞「スマートセル」の開発が進められています。
スマートセルの具体的な事例や実用化の例は、まだそれほどありません。
しかしゲノム編集や合成の技術発達により、医療の発展だけでなく、持続可能な物質の製造プロセス確立までの時間が飛躍的に短くなることが期待されています。
バイオものづくりが開拓する新たな産業領域「バイオエコノミー」は、非常に大きなマーケットになる可能性を秘めています。
OECD(経済協力機構)は、バイオエコノミーの世界市場は2030年には約200兆円まで成長すると試算しています。
しかもこれはバイオ燃料などを除いた試算のため、実際の経済効果はさらに大きくなると予想されています。
日本におけるバイオエコノミーの市場も、現在では右肩上がりです。
2019年に経済産業省の産業構造審議会が行った調査では、発酵・醸造など広い分野を含めて解析した場合、日本国内のバイオエコノミーの市場規模は約57兆円にのぼることがわかりました。
また日本政府も「バイオ戦略2019」や「バイオ戦略2020」を相次いで策定するなど、産業化への強力な後押しも既に始まっています。
参考:
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
経済産業省|バイオテクノロジーが拓く『第五次産業革命』
既に世界各国が、バイオものづくりに力を入れ始めています。
しかし昔から微生物による高度な発酵・醸造技術を深化させてきた日本にとって、バイオものづくりは強い競争力を発揮できる産業領域です。
この優位性を活かすため、日本政府は2019年に「バイオ戦略2019」を策定してバイオエコノミー社会の実現を掲げました。
次いで2020年には「バイオ戦略2020」を策定、同年に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン戦略」を策定し、カーボンリサイクル産業を強力に推進しています。
さらに2022年、岸田内閣が発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、「バイオものづくり」が重点投資先として明示されました。
このように、日本は国ぐるみでバイオものづくりの取り組みを推進しているといえます。
参考:内閣府|バイオ戦略
ここからは、バイオものづくりの活用が期待される分野について7つ解説します。
化学産業は、バイオものづくりの期待が大きい分野です。
その理由は2つあります。
①化学産業はCO₂排出量の約2割を占め、カーボンニュートラルの実現に向けて製品づくりの大規模な転換が求められていること
②バイオ原料やCO₂から生産できる化学物質は多数あり、現存する設備の活用ができることです。
現状では、バイオプロセスよりも化学プロセスの方が低コストで効率が良いのは確かです。
しかし、バイオプロセスは一般的には複数回の化学反応を重ねる必要がないため、複雑な物質の生産ほど競争力が高くなる特徴があります。
これらのことを踏まえ、バイオものづくりに適した複雑な物質の生産、生産技術を他の分野でも活かしやすい汎用的な物質の生産に注力することで、競争力を高められると考えられています。
日本製の化粧品は機能・品質が高く、安心・安全が海外でも高く評価されています。
外国人観光客による需要は高く、日本はアメリカ、中国に次いで、世界第3位の化粧品大国です。
サステナビリティの意識が高まる中、世界最大の化粧品メーカーは原料の95%を天然・バイオ由来に転換する目標を掲げました。
また日本国内メーカーでも、化粧品の基材や容器をバイオ原料へ転換する動きが加速しています。
香料は天然物や天然物の誘導体・類縁体の活用を基本としていますが、天然物中の含有量が少なく、大量生産が困難です。
このように香料素材は希少なため、バイオで代替することが出来れば、高付加価値製品として競争力を持つと考えられています。
しかも香料素材は構造が複雑なため、バイオものづくりが参入しやすい分野といえます。
繊維産業(アパレル)は、製造にかかるエネルギーコストや流行のサイクルが短いことなどから、環境負荷が大きい産業といわれています。
現在では天然繊維に比べて大量生産ができ、低価格での販売が可能な化学繊維が産業の主流です。
しかも天然繊維といっても、一概に環境に優しいとはいえません。
環境に優しいイメージのある天然繊維も、実は生産時に大量の農薬が利用されるなど環境への負荷が指摘されているのです。
また天然繊維の中でも特に動物性繊維は動物の飼育による環境負荷に加え、動物愛護の観点からも一部では使用が問題視されつつあります。
そのためバイオものづくりでは、微生物の働きにより作られる「構造タンパク質繊維」など、高性能でサステナブルな繊維製品が既に開発されています。
しかしどの程度がバイオ由来の製品に置き換えられるかは、価格などの収益性によるところが大きいのが現状です。
参考:経済産業省
製紙業は、デジタル技術の発展により紙の需要が減ったこと、また原燃料の高騰などが原因で、生産量は減少傾向にあります。
そこで、バイオものづくりを活かして主に2つの観点で事業の転換を図っています。
①紙の減産により余剰となった製紙原料や使われなくなった設備を流用・転換した、バイオ化合物やSAF等に利用可能なバイオエタノールの生産
②木材をバルブに加工する際の副産物である黒液を、バイオ燃料として利用する取り組み
以上のような、事業の一部転換や原材料の有効活用が期待されています。
参考:日本製紙|パルプ生産設備を前処理設備として用いたエタノール製造事業の経済性評価
SAFは航空分野のCO₂削減に必要不可欠であり、2050年にはアジアでの市場規模が22兆円にもなると予測されています。
しかしSAFの原料である食廃油は国際的にも価格が高騰し始めています。
国内の食廃油でも家畜の飼料向けなどのサプライチェーンが既に構築されており、調達に制約があるのが現状です。
このように、現在のSAFには原料調達の難しさや既存の化石由来のジェット燃料に比べて高コストであるという課題があります。
バイオものづくりではこの問題解決に向けて、微細藻類や微生物などを利用したSAF原料の製造技術の開発を進めています。
食品におけるバイオものづくりの代表例は、細胞性食品(いわゆる「培養肉」)を始めとする代替タンパク質です。
世界人口の増加やサプライチェーンの断絶リスクによる食糧安全保障、畜産で生じる温室効果ガスの抑制、水資源や農地不足など環境問題への対応などの課題に対し、解決策として期待されています。
アメリカやシンガポールなどではベンチャー企業への先行投資が進んでおり、一部の国では既に制度が整備され、製造販売が始まっています。
日本は「日本食」や「和牛」など食の品質に強みがありますが、細胞性食品に対する安全性評価基準はまだ整備されていません。
一部では培養肉に対する忌避感もあることから、リスクコミュニケーションなど消費者の理解を得るのに時間が必要といえます。
バイオものづくりが難病治療に活用されることにも期待が高まっています。
バイオものづくりによって生み出されたバイオ医薬品とは、遺伝子組み換えや細胞培養などにより、生物の力を利用して作ったタンパク質を有効成分とする薬です。
バイオ医薬品の先駆けは、糖尿病治療薬のインスリンでした。
インスリンの歴史は古く、1923年に世界初のインスリン製剤が発売されて以来、多くの糖尿病患者を救ってきました。
また、新たながん治療法として期待されている「抗体医薬品」もバイオ医薬品の一種です。
バイオ医薬品は従来の化学合成で作られる医薬品とは違い、かなり複雑な構造のものでも合成できることがメリットです。
本記事では、バイオものづくりの概要と、その多彩な可能性について解説しました。
地球環境の保全や持続可能な社会の構築が望まれる中で、バイオものづくりはその柱となる政策といえます。
産業化に時間がかかるという課題や、それに伴ってコストが高くつくという問題から、社会実装するまでには難しい部分もあるでしょう。
しかし、日本がバイオエコノミーにおいて世界をリードする中、様々な分野での応用研究開発が進んでいます。
今後もバイオものづくりがより一層の進展を遂げ、持続可能な未来の構築に貢献していくことが期待されています。
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