「乳酸菌は体に良いって聞くけど、飲んだら下痢になった…。自分には合わないの?」「過敏性腸症候群や乳糖不耐症のせいかも?でも違いがよく分からない」そう思う方もいるかもしれません。実は、乳酸菌が原因で下痢を引き起こす場合には、体質や腸内環境、また乳糖不耐症や過敏性腸症候群との関係性に注意する必要があります。この記事では、乳酸菌と下痢の関係を中心に、乳糖不耐症や過敏性腸症候群といった体質との違いや、乳酸菌のとりすぎが引き起こすリスク、正しい摂取方法などについて、4つの視点から分かりやすく解説します。
※研究開発コラムは微生物を活用した研究開発において参考になるトピックを集めたもので、全てのテーマについて当社が研究開発を実施しているわけではございません。
目次
乳酸菌は一般的に腸内環境を整える効果があるとされていますが、場合によっては下痢などの消化器症状を引き起こすことがあります。このメカニズムについて、最新の研究知見を基に詳しく解説します。
乳酸菌は腸内の有害菌の増殖を抑制し、腸内フローラのバランスを整える重要な役割を担っています。安藤(2015)の研究によれば、ビフィズス菌などの乳酸菌は短鎖脂肪酸を産生することで腸内のpHを下げ、病原菌の増殖を抑制する効果があります。また、乳酸菌は腸管免疫系を刺激し、免疫応答を調節する働きもあります。
一方、Doron & Snydman(2015)は乳酸菌の摂取による腸内細菌叢の変化について研究し、プロバイオティクスの投与により腸内細菌叢の多様性が一時的に変化することを示しています。この変化は多くの場合有益ですが、個人の腸内環境の状態によっては適応に時間がかかることがあります。
参考)
安藤 朗(2015)「新たな臓器としての腸内細菌叢」日本消化器病学会雑誌vol.112 No.11
Shira Doron and David R Snydman. (2015). Risk and Safety of Probiotics. Clin Infect Dis. 2015 Apr 28;60(Suppl 2): S129–S134.
乳酸菌が腸内環境に良い影響を与えることは多くの研究で示されていますが、特定の条件下では逆効果になることもあります。Didari et al.(2015)のシステマティックレビューでは、プロバイオティクスの副作用として下痢が報告されており、特に初期の服用段階で発生しやすいことが指摘されています。
乳酸菌の急激な摂取により、既存の腸内フローラとの間に一時的な腸内菌叢の変化が生じる可能性が示されています。この現象は腸内環境が新しい細菌に適応する過程で起こり、一時的な消化器症状を引き起こすことがあります。Suez et al.(2019)の研究では、プロバイオティクスの効果として個人差が大きい事が報告されており、また摂取後個人の腸内細菌叢が元の状態に戻るまでの時間にも大きな個人差があることが示されています。この「腸内細菌叢による外部からのプロバイオティクスへの抵抗性」が強い個人の場合、プロバイオティクスとしての乳酸菌と既存の腸内細菌との間で競合が生じ、腸の蠕動運動が過剰に活発化して下痢につながることがあります。
参考)
J. Suez et al., (2019). The pros, cons, and many unknowns of probiotics. Nature Medicine, vol. 25, no. 5, pp. 716-729.
N. Zmora et al., (2018). Personalized Gut Mucosal Colonization Resistance to Empiric Probiotics Is Associated with Unique Host and Microbiome Features. Cell. Volume 174, Issue 6 p1388-1405
日本消化器学会の過敏性腸症候群(IBS)における最近の治療ガイドライン(2020)によると、IBSの各型(下痢型、便秘型、両方)においてプロバイオティクスの有効性をメタアナリシスで評価した結果、有効であるとして治療に用いる事が推奨されています。しかし海外の報告によると、過敏性腸症候群(IBS)などの腸疾患を持つ人は、乳酸菌に対して敏感に反応することがあります。Ford et al.(2018)のメタ解析では、IBSの症状改善にプロバイオティクスが有効であるケースが多い一方で、一部の患者では症状が悪化することも示されています。これは個人の腸内微生物のプロファイルや腸の神経感受性の違いによると考えられています。乳酸菌の摂取による下痢は、多くの場合一時的なものですが、継続する場合は摂取量を減らすか、医療専門家に相談することが推奨されます。また、乳酸菌の種類によっても効果や副作用が異なるため、自分の体質に合った種類を選ぶことも重要です。
参考)
日本消化器病学会 機能性消化管疾患診療ガイドライン 2020 過敏性腸症候群(IBS)第2版
Alexander C Ford. Et a., (2018). Systematic review with meta-analysis: the efficacy of prebiotics, probiotics, synbiotics and antibiotics in irritable bowel syndrome. Aliment Pharmacol Ther. 2018 Nov;48(10):1044-1060.
乳酸菌は健康に良いとされる一方で、過剰摂取によって様々な消化器症状を引き起こす可能性があります。特に下痢は、乳酸菌の過剰摂取に関連する一般的な症状として報告されています。
乳酸菌を一度に大量摂取すると、腸内環境に急激な変化が生じる可能性があります。Doron & Snydman(2015)の研究によれば、プロバイオティクスの大量摂取により腸内細菌叢のバランスが一時的に崩れ、それが腸の蠕動運動を促進させて下痢や腹痛などの症状を引き起こすことがあると報告されています。
また、Didari et al. (2015)のシステマティックレビューでは、プロバイオティクスの過剰摂取によって、一時的な消化器症状(腹部膨満感、ガス、下痢)が発生する可能性があることが示されています。これらの症状は通常一過性で、摂取量の調整により改善することが多いとされています。
参考:
Shira Doron and David R Snydman. (2015). Risk and Safety of Probiotics. Clin Infect Dis. 2015 Apr 28;60(Suppl 2): S129–S134.
T. Didari, et al., Effectiveness of probiotics in irritable bowel syndrome: Updated systematic review with meta-analysis. World J Gastroenterol. 2015 Mar 14;21(10):3072-84.
乳酸菌を含むサプリメントや発酵食品を摂取する際には、いくつかの注意点があります。多くの研究では、市販のプロバイオティクスサプリメントに含まれる菌種やその量が製品によって大きく異なることが指摘されており、適切な選択と摂取が重要であると強調されています。FAO/WHO ガイドラインにおいても、プロバイオティクスは「適切な量を摂取した際に宿主の健康に有益な効果をもたらす生きた微生物」と定義されており、過剰な摂取を推奨するものではない事を注意すべきです。
参考:
厚生労働省参考資料令和3年3月9日「食品健康影響評価の結果の通知について」
過剰な乳酸菌摂取は腸内環境に様々な影響を及ぼします。Zmora et al. (2018)の研究では、プロバイオティクスの過剰摂取により、既存の腸内細菌との競合が生じ、一時的な「バクテリアルインターフェアランス」と呼ばれる現象が起こることが示されています。この状態では乳酸の過剰生産が起こり、下痢や腹痛などの症状が発生する可能性があります。
乳酸菌の適切な摂取量については、個人差があるため一概には言えませんが、いくつかの目安が示されています。Hill et al. (2014) の報告では、健康な成人における一般的なプロバイオティクスの推奨摂取量は、カナダやイタリアでは1日あたり109CFU(コロニー形成単位):10億個程度とされています。
日本の研究では、日本人の腸内環境に適した乳酸菌摂取量について調査を行った報告は有りませんがヨーグルトなどの発酵食品を1日1〜2回程度摂取することが腸内環境の改善に効果的であり、過剰摂取は避けるべきだと考えられます。また近年は1,000億個のプロバイオティクスを含む乳酸菌飲料なども大手飲料メーカーから販売されており、日本人でその保健効果が学術文献として報告されている事から目安として10億個~1,000億個程度の乳酸菌摂取が望ましいとも考えられます。しかしこの場合摂取量の幅が大きいため、乳酸菌の過剰摂取によるリスクを避けるためには、徐々に摂取量を増やしていくことや、複数の乳酸菌製品を同時に大量摂取しないことが推奨されます。また、体調の変化に注意し、下痢などの症状が現れた場合は摂取量を減らすか、一時的に中止することも重要です。
参考:
C. Hill. et al., (2014). The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics consensus statement on the scope and appropriate use of the term probiotic. Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology volume 11, pages506–514.
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乳酸菌製品の摂取による下痢症状は、乳糖不耐症や過敏性腸症候群(IBS)と混同されることがあります。しかし、これらは異なるメカニズムで起こる現象です。最新の研究知見を基に、これらの関係性について詳しく解説します。
乳酸菌摂取による下痢と乳糖不耐症による下痢は、原因が異なります。これらの違いを理解することは、適切な対応を考える上で重要です。まず乳糖(ラクトース)と乳酸菌は別物だという事をしっかりと認識する事が大切です。
本田ら(2010)の報告によれば、乳糖不耐症は空腸の粘膜に存在するラクターゼ(乳糖分解酵素)の不足により乳成分に含まれる乳糖が消化されず下痢などを起こす症状を指し、乳酸菌は乳糖をエネルギー源として資化し、乳酸に変えてくれるため、いくつかのラクターゼ活性の高い乳酸菌の摂取は乳糖不耐症の改善に役立つとされています。一方で乳酸菌による下痢は腸内細菌叢のバランス変化によるものであり、従って乳糖不耐症の方が乳酸菌を摂り下痢が増悪するという事は乳糖に関わらず菌叢バランスが崩れたためと考えられます。ただし乳酸菌の摂取が乳酸菌のみを含むサプリメントでなく、乳成分を含むヨーグルトや乳酸菌飲料などの場合乳酸菌が乳糖を分解しても30%程度は残るため、乳糖不耐症の方に残存乳糖による下痢症状を起こす可能性はあります。海外の報告でも、
Szilagyi & Ishayek(2018)のレビューでは、乳糖不耐症と乳酸菌の関係について、乳酸菌の中にはむしろ乳糖不耐症の症状を軽減する種類もあることが示されています。これは特定の乳酸菌が腸内で乳糖の分解を助けたり、腸の機能を改善したりする効果があるためです。
参考:
本田ら(2010)「乳酸菌のラクトース資化の特徴」(Milk Science vol.59 No.2)
A. Szilagyi and N. Ishayek. (2018). Lactose Intolerance, Dairy Avoidance, and Treatment Options. Nutrients. 2018 Dec 15;10(12):1994
牛乳やヨーグルトで下痢が起きる仕組みについて、Deng et al.(2015)の研究では、乳糖不耐症の場合、分解されない乳糖が大腸まで到達し、浸透圧によって水分が腸内に引き込まれると同時に、通常は共生細菌がほとんどいない小腸(空腸含む)で細菌が異常増殖することで下痢が誘発されると説明しています。
過敏性腸症候群(IBS)と乳酸菌の関係は複雑で、個人差が大きいことが知られています。
Ford et al.(2018)のシステマティックレビューでは、IBSの症状管理におけるプロバイオティクスの役割について、一部の患者では症状改善がみられる一方、別のグループでは症状が悪化する場合があることが報告されています。これはIBSの病態の多様性と、個人の腸内細菌叢の違いに起因すると考えられています。
田中ら(2023)の報告では、メタ解析の結果IBSの患者において乳酸菌の投与が腸内環境を改善し、症状を軽減させる効果が実証され、治療の第一選択として用いる事を推奨していますが、一方で作用機序については不明な点も多い事が指摘されています。
参考:
Alexander C Ford. Et a., (2018). Systematic review with meta-analysis: the efficacy of prebiotics, probiotics, synbiotics and antibiotics in irritable bowel syndrome. Aliment Pharmacol Ther. 2018 Nov;48(10):1044-1060.
田中ら(2023年)「過敏性腸症候群の病態に応じた段階的治療戦略」(日本消化器病学会雑誌 vol. 120 No. 3)
Konstantis, et al.(2023)のメタ分析によれば、IBSの患者に対して乳酸菌の効果には個人差があり、その背景には遺伝的要因、既存の腸内細菌叢の構成、免疫機能の違いなどが関与していることが示唆されています。
石田(2017)の報告では、IBSの患者における乳酸菌反応性について2種類の乳酸菌を比較し、IL-10を産生誘導する菌株に症状改善効果が高いことを報告しています。新井ら(2015)の報告ではIBSのサブグループ(下痢型、便秘型、混合型、分類不能型)ごとに健常人と異なる腸内細菌叢の特徴が見られる事も指摘されています。
乳酸菌の摂取は多くの人にとって有益ですが、個人の体質や状態に合わせた適切な選択が重要です。症状が気になる場合は、医療専門家に相談することが推奨されます。
参考:
G. Konstantis, et al., (2023). Efficacy and safety of probiotics in the treatment of irritable bowel syndrome: A systematic review and meta-analysis of randomised clinical trials using ROME IV criteria. Clinical Nutrition Volume 42, Issue 5
石田達也(2017)「プロバイオティクスの研究開発」(ビタミン vol.91 No.10)
新井ら(2015)「IBDおよびIBSにおける腸内細菌の関与」(日内会誌 104:35~41,2015)
乳酸菌の摂取は腸内環境を整える効果が期待できますが、下痢などの副作用を避けるためには適切な摂取方法と選び方が重要です。最新の研究知見から、効果的かつ安全な乳酸菌摂取について解説します。
乳酸菌には多くの種類があり、効果や体への影響は個人によって異なります。Suez et al. (2018)の研究では、プロバイオティクスに対する個人の反応性には大きな差があり、腸内細菌叢のプロファイルや遺伝的背景によって効果の現れ方が異なることが示されています。
また、Khalesi et al. (2019)のメタ分析では、乳酸菌の効果は菌株特異的であり、すべての乳酸菌が同じ効果を示すわけではないことが強調されています。このため、自分の症状や目的に合った特定の菌株を選ぶことが重要です。
参考:
J. Suez et al., (2019). The pros, cons, and many unknowns of probiotics. Nature Medicine, vol. 25, no. 5, pp. 716-729.
S. Khalesi et al., (2018). A review of probiotic supplementation in healthy adults: helpful or hype? European Journal of Clinical Nutrition volume 73, pages24–37.
乳酸菌製品を選ぶ際には、含まれる菌の種類や量、製品の品質などを考慮することが重要です。Marco et al. (2017)の研究では、発酵食品に含まれる乳酸菌とサプリメントの違いについて、発酵食品には多様な乳酸菌だけでなく栄養素や代謝産物も含まれており、相乗効果が期待できると指摘しています。
一方、Suez et al. (2018)の研究では、市販のプロバイオティクス製品の品質評価を行い、製品間で菌数や活性に大きなばらつきがあることを報告しています。選ぶ際には、菌の種類と量が明記されている製品や、品質管理が厳格な信頼できるメーカーの製品を選ぶことが推奨されています。
M. L Marco, et al., (2017). Health benefits of fermented foods: microbiota and beyond. Current Opinion in Biotechnology. Volume 44, April 2017, Pages 94-102
J. Suez et al., (2019). The pros, cons, and many unknowns of probiotics. Nature Medicine, vol. 25, no. 5, pp. 716-729.
継続的に乳酸菌を摂取する際には、いくつかの注意点があります。Zmora et al. (2019)の研究では、プロバイオティクスの長期摂取によって腸内細菌叢が一定のパターンで変化することが示されており、少量から始めて徐々に量を増やすことで腸内環境が適応しやすくなると報告されています。また乳酸菌製品の過剰摂取や異なる種類の乳酸菌製品の同時摂取により、一時的な腸内環境の乱れが生じる可能性があることが指摘されています。適切な量を守り、新しい製品を試す際には一種類ずつ慎重に導入することが推奨されています。
乳酸菌の摂取について専門家に相談すべき状況もあります。Guarner et al. (2017)の作製したWorld Gastroenterology Organisationのプロバイオティクスとプレバイオティクスのガイドラインでは、免疫機能が低下している患者や重篤な基礎疾患を有する患者への使用は、プロバイオティクスの摂取前に専門家の助言を求めるべきだと勧告しています。
乳酸菌は多くの人にとって有益ですが、最大の効果を得るためには個人の体質や状態に合わせた選択と適切な摂取方法が重要です。自分に合った乳酸菌を見つけるためには、少量から始めて体の反応を見ながら徐々に調整していくことが効果的です。